【空から撮った鉄道】2022年の高輪築堤 最新の空撮写真で見る

品川~田町間で出土された高輪築堤は以前こちらで取り上げました。2022年は鉄道開通150周年の節目の年。日本初の鉄道が走った遺構は現在どうなっているのかお伝えします。

この記事の目次

・現地保存と移設保存以外の場所は記録保存で解体に
・イコモスからの警告文書送付の報道が気になり……
・2年前とは光景が一変
・露出していた築堤はごくわずか

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現地保存と移設保存以外の場所は記録保存で解体に

 高輪築堤は品川~田町間の再開発「品川開発プロジェクト」の工事中に見つかった遺構で、1872(明治5)年の日本初の鉄道開通時に建設された海上築堤が、土中からほぼそのままの形で現れました。出土された場所から「高輪築堤」と呼称され、ニュースでも見聞きされた方は多いと思います。

 出土された約800mの遺構は、残念ながら再開発事業のために全て残せず、史跡に指定された120m分は現地保存、30m分は移設保存となり、残りの遺構は詳細に記録して解体される記録保存となりました。2022年現在、JR東日本が主体となって行われている再開発事業は、1街区~4街区と区切られたエリアで工事の槌音が響いています。

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高輪ゲートウェイ駅から田町駅側に位置する2街区・3街区となる部分の現状。整地が進み東西を結ぶ仮の歩道が目立つ。「提灯殺しのガード」とも呼ばれた高輪橋架道橋下区道の痕跡がわずかに残る(2022年3月4日、吉永陽一撮影)。

 また、記録保存として解体された築堤の石垣一部は、佐賀県に移設展示されることとなりました。なぜ佐賀県が? と思いますが、海上築堤の建設を最終決定したのが元佐賀藩士の大隈重信とのことで、大隈ゆかりの地である佐賀市に築堤の石垣を移設展示されることになったのです。

イコモスからの警告文書送付の報道が気になり……

 高輪築堤のニュースはしばらく落ち着いていましたが、2022年2月に入って思わぬところからその名が出ました。ユネスコの諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)がJR東日本に対し「高輪築堤の解体を中断するべき」との警告文書を送付したのです。高輪築堤は国内的、国際的にも非常に意義深いというのがイコモスの判断で、新聞やテレビなどでニュースになりました。

 出土された築堤はすでにほとんど解体されており、それを開発前に戻すことは不可能です。再開発地区は品川寄りの5街区、6街区がほぼ手付かずで残存しており、イコモスはその部分の再開発を検討し、解体ではなく保存するべきとの見解です。

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Writer: 吉永陽一(写真作家)

1977年、東京都生まれ。大阪芸術大学写真学科卒業後、建築模型製作会社スタッフを経て空撮会社へ。フリーランスとして空撮のキャリアを積む。10数年前から長年の憧れであった鉄道空撮に取り組み、2011年の初個展「空鉄(そらてつ)」を皮切りに、個展や書籍などで数々の空撮鉄道写真を発表。「空鉄」で注目を集め、鉄道空撮はライフワークとしている。空撮はもとより旅や鉄道などの紀行取材も行い、陸空で活躍。

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