【鉄道のある風景今昔】電気代すら払えなかったことも 東北の小私鉄・羽後交通雄勝線

かつて秋田県南部の湯沢に、小さな私鉄が走っていました。羽後交通の雄勝線です。電化路線でしたが、経営が苦しすぎて料金を払えず、電気を止められたというエピソードも。終点近くでは今も、木造電車が1両保存されています。

この記事の目次

・雄勝鉄道として開業 延伸、合併を経て羽後交通に
・珍しくも、電化鉄道が内燃動力化
・廃線跡を訪ねて

【画像枚数】全14点

雄勝鉄道として開業 延伸、合併を経て羽後交通に

 前回の庄内交通湯野浜線に続いて、今回も東北の小私鉄のご紹介です。

 羽後交通の雄勝線(おがちせん)は、秋田県湯沢市の湯沢駅と羽後町の梺(ふもと)駅を結ぶ路線でした。営業キロは11.7kmで、駅数は起終点を含めて8駅。全線電化の路線でした。

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雄物川の鉄橋を渡る小型の電車デハ6。西武多摩湖線で走っていたものを整備して譲渡されたものである。1969.12 湯沢~羽後山田(所蔵:網谷忠雄)。
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ひらがなで行先が書かれたサボも可愛い。ホハフ2。1969.12 湯沢(所蔵:網谷忠雄)。

 同鉄道は1925(大正14)年、雄勝鉄道として近在の林産、農産物を県内外に運ぶ目的で設立され、1928(昭和3)年に湯沢から盆踊り大会で有名な西馬音内(にしもない)までが開通しました。その後1935(昭和10)年に、梺までの延長を果たします。しかし開業以来苦しい経営が続き、電気代が払えず電気が止められるエピソードまであったほど。梺延伸は住民の強い要望によるものでしたが、矢島(由利本荘市)までの延伸構想が具体化することはありませんでした。

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西馬音内駅構内の様子。狭い構内には木造の電車庫があり、地方私鉄らしい風景が展開されていた。1969.12 西馬音内(所蔵:網谷忠雄)。

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Writer: 宮下洋一(鉄道ライター、模型作家)

1961年大阪生まれ。幼少より鉄道に興味を持つ。家具メーカー勤務を経て現在はフリー作家。在職中より鉄道趣味誌で模型作品や鉄道施設・車輌に関する記事や著作を発表。ネコパブリッシングより国鉄・私鉄の車輌ガイド各種や『昭和の鉄道施設』・心象鉄道模型の世界をまとめた『地鉄電車慕情』など著作多数。現在も連載記事を執筆中。鉄道を取り巻く世界全体に興味を持つ。

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