エリザベス女王の棺を「砲車」に載せ海軍が運ぶ…なぜ? 「ロイヤル」名乗れぬ陸軍の“序列”
イギリスでは海軍が序列第1位のワケ
イギリス軍は、陸海空の三軍編制です。このなかで最も早く「王立」となったのが、海軍(Royal Navy)です。そのため、現在の同国の三軍種の中では最先任(Senior Service)とされています。そして、これに続くのがイギリス空軍(Royal Air Force)です。ちなみに、同国空軍は世界で初めて独立軍種として創設された空軍です。
これら2軍に対して、イギリス陸軍(British Army)にはRoyalが冠せられていません。その理由を簡潔に説明すると、陸軍はかつて各地の諸侯の軍隊であり、それらを必要に応じて「イギリスの軍隊」として集約して運用してきた伝統があるからです。このような理由もあって、現在の軍種中で最先任たる海軍が、女王の棺を運ぶことになったようです。
とはいえ、海軍が担っていたのは砲車の牽引のみ。ウエストミンスター寺院などで故エリザベス2世の棺を肩に担いでいたのは、陸軍の近衛歩兵連隊(Foot Guards)のひとつ、グレナディアガーズ連隊の兵士たちでした。というのも、同連隊は近衛歩兵連隊の最先任部隊であると同時に、第2次世界大戦中の1942(昭和17)年、王女時代の女王が同連隊の名誉連隊長に就任したからです。
ちなみに近衛歩兵連隊は2022年9月現在、5個連隊が編制されており、先任の順位はグレナディアガーズが第1、コールドストリームガーズが第2、スコッツガーズが第3、アイリッシュガーズが第4、ウェルシュガーズが第5となっています。ただ、番号で呼ばれることはありません。
このように、長い歴史と伝統を誇るイギリスには、特に王室や軍の場合、当のイギリス人にもわかりにくいさまざまな背景やいわれがあるといえるでしょう。
なお、前出したようなイギリス三軍の序列の関係からか、棺とともに歩まれていた新国王チャールズ3世は海軍の軍服を着用。娘(皇女)のアン王女も海軍の軍服を着ていました。一方、孫のウィリアム皇太子は空軍の軍服で参列していました。このように、王族のみなさんはいずれもRoyalが冠せられる軍種の軍服を着用されているのが印象的でした。
では末筆ではありますが、全世界から愛された女王エリザベス2世が、安らかな眠りにつかれますよう筆者(白石 光:戦史研究家)もお祈りいたします。
【了】
Writer: 白石 光(戦史研究家)
東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。
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