ウクライナと戦う気ゼロ? ロシア軍なぜ最新戦車もそのまま放棄・逃亡しちゃうのか

自軍装備の遺棄・逃亡の裏に潜む士気低下の懸念

 最新のT-90Mも、かつてのティーガーIやケーニクスティーガーのように、おそらくロシア軍のエリート部隊に配備されていると思われます。それがまったく無傷の状態でウクライナ軍に鹵獲されるというのは、単に乗員が「乗り捨てた」とみるのが妥当ではないでしょうか。そして、エリート部隊の戦車兵が無傷の乗車を捨ててどこかに逃げ去ってしまうというのは、ロシア軍内に厭戦気分が蔓延している証拠かもしれません。

 それを裏打ちするのは、ウクライナに侵攻したロシア軍が放棄した車両の中には、燃料切れや弾薬切れといった理由だけでなく、ただ単に乗り捨てられた状態のものがかなりあったと伝えられていることです。

Large 221011 tank 02

拡大画像

ほとんど無傷のまま、林の中に遺棄されていたロシア軍のT-72戦車(画像:ウクライナ軍参謀本部)。

 これに関してイギリス国防省は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、9月末までの約7か月間でウクライナ軍はロシア軍戦車400両以上を鹵獲し、その他のAFVも600両以上鹵獲したのではないかと推算しています。そしてウクライナ軍は、これら鹵獲戦車と軽い損傷で放棄されたロシア軍の戦車を修理・再生し、自軍の戦車部隊に組み込んで戦力化しています。なにしろウクライナには、かつてソ連邦の一員として、同連邦全体の戦車生産の一翼を担っていたという「強み」があるのです。

 なお、第2次世界大戦中にも、乗員が無傷の戦車を乗り捨てて逃げ出す例はありました。たとえば北アフリカの戦いでは、ときとしてイタリア軍戦車兵が乗車を無傷なまま乗り捨て逃げ出していますが、これは対峙するイギリス軍戦車が強かったことに加えて、厭戦気分が蔓延していたからでした。敵より性能の劣る兵器で立ち向かえと命じられ、それでも戦意を維持できるなど、きわめて訓練が行き届いてなければ難しいでしょう。

 こういった過去の戦訓から判断すると、ウクライナ軍によるロシア軍戦車やAFVの大量鹵獲の背景には、同軍全体に蔓延している厭戦気分と、最低限はたすべき責任や任務すらはたせない(はたす気持ちになれない)、将兵の練度の低さが大きく関係しているのではないかと筆者(白石 光:戦史研究家)は考えます。

【了】

【写真】ロシアが遺棄した最新戦車T-80BVやT-90Mなど

テーマ特集「ロシア軍のウクライナ侵攻 最新情勢 戦争はどうなっているのか」へ

Writer: 白石 光(戦史研究家)

東京・御茶ノ水生まれ。陸・海・空すべての兵器や戦史を研究しており『PANZER』、『世界の艦船』、『ミリタリークラシックス』、『歴史群像』など軍事雑誌各誌の定期連載を持つほか著書多数。また各種軍事関連映画の公式プログラムへの執筆も数多く手掛ける。『第二次世界大戦映画DVDコレクション』総監修者。かつて観賞魚雑誌編集長や観賞魚専門学院校長も務め、その方面の著書も多数。

最新記事

コメント

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。

4件のコメント

  1. ケーニクスってなんでしょうか?
    いろんなサイトで調べたのですが、
    『ケーニヒス』の間違いでは無いでしょうか。

    乗り物ニュースは他のサイトと違って記事の間違いや名詞の間違いが少ないサイトなのに、こんなのは珍しいですね。

    なんどか『ケーニクス』と書かれているので、誤字では無いですよね。

    • サンデーアート社からケーニクスティガーという本が出版されていますのでそういう言い方もあるのだと思います。
      パトリオット、ペトリオットみたいな感じじゃないのかな。

    • ドイツ語読みではケーニッヒスティーゲルKoenichsTigel(oeとあるのはウムラウト記号の代わりです。)が正しいです。 筆者はドイツ語の読み方に無知で英語の様な読み方をしたのでしょう。

  2. 厭戦や練度不足で説明がつくのか疑問。
    ウクライナ側ではロシアからの支援だとの皮肉な揶揄があるが、本当にそうなのではないかと思う。
    部隊長が破壊を命じない、隊員の誰も破壊しない、通りかかった友軍の誰ひとりとして破壊しない。それが連続して初めて一台の鹵獲が発生する。
    それが千件にもなればそれは事故ではなく故意ではないか。
    ロシア軍が、集団の総意として深くウクライナに同情し、かつ自軍の指導者を憎んでいると想定して、初めて理解できる行動だ。