赤レンガの東京駅はなぜ“高層ビル”にされなかったか 保存復元の裏のカラクリ「空を売る」

赤レンガの東京駅丸の内駅舎は、高層ビルに建て替えるか、保存するかの論争が昭和の時代から続いてきました。保存が実現した背景には、JR、東京都、開発業者など全てが得をする“魔術”ともいえる手法がありました。

JR発足後から加速するレンガ駅舎保存問題

 足踏み状態になった東京駅レンガ駅舎保存問題が再び動き出したのは、JR発足後すぐの1987(昭和62)年4月です。運輸省、建設省、郵政省、東京都、国鉄清算事業団、JR東日本、JR東海などで構成する「東京駅周辺地区再開発連絡会議」(幹事=国土庁)が発足しました。同7月には連絡会議の下に「東京駅周辺再開発調査委員会」が設置され、東京駅舎保存問題の議論も再開されました。東京大学名誉教授・八十島義之助を委員長としたことから「八十島委員会」と通称されます。

 八十島委員会は、駅舎保存に配慮しながら「日本の中枢を担う地区だが高度利用が十分なされていない」とし、周辺地区の高度利用を促す整備構想をまとめようというものです。

 これと並行してJR東日本でも同年10月、専門チーム「東京駅懇談会」を設置し、東京駅の将来像の模索を始めました。メンバーは部課長の実務クラスで、レンガ駅舎保存もテーマですが、まだ民間会社として経営基盤の確立を模索している段階で、多額の費用のかかる駅舎保存については結論を先送りしていました。一方、世論は新生JRの滑り出し好調をにらみ、駅舎保存で盛り上がりをみせました。

 1988(昭和63)年3月、八十島委員会は駅舎の形態保存方針とともに、保存の具体策として「駅舎上空の容積率(空中権)を“移転”する方法により実施する」という、復原費用のファイナンスまで踏み込んだ調査報告書をまとめています。つまり、未利用となっている東京駅上空の権利を売却して、財源を確保しようというものでした。

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東京駅、1915年頃(画像:国立国会図書館「写真の中の明治・大正」)。

 この「空中権移転」という“秘策”を講じ、東京駅のレンガ駅舎保存・復原に貢献した人物として、2代目JR東日本社長だった松田昌士が挙げられます。松田は、「500億円で東京駅の余っている容積率を買ってくれないか」と三菱地所に持ち掛け、三菱地所は「ウインウインの関係」と応じました。このことはNHKのドキュメンタリーで松田本人が語っています。

 松田案によって、レンガ駅舎保存・復原は一気に進展することになったのです。

 ここで松田が語っている「余っている容積率」が、東京駅の空中権のこと。これを移転することで、他の土地の都市計画で定められた容積率を緩和できるからこそ、三菱地所が応じたわけです。

【八重洲側より高いんじゃ…】東京駅“高層ビル化”イメージ(画像)

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コメント

1件のコメント

  1. 生前の松田昌士氏から空中をちぎっては投げ

    資金を獲得し予算を一銭も使わず、東京駅の復元を実現したと、何度も伺いました。改めて、松田会長の偉業に感銘を覚えています。

    NN

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