凝りに凝ってる100年前の鉄道高架 万世橋付近の中央線 レンガ高架橋の形状が違うワケ

旧交通博物館があったJR中央線 旧万世橋付近の高架橋は、日本の高架鉄道の黎明期に建てられたもの。前後の区間は短い距離で高架構造にも違いが見られ、随所に当時の“美学”も宿り、その歴史を今に伝えています。

東京駅付近から移転してきた博物館

 東日本において鉄道を扱った著名な博物館といえば、さいたま市にある鉄道博物館が思い浮かぶでしょう。これができる前、東京都心の神田にあったのが、その前身の交通博物館です。先日、HDDを見返していた私(吉永陽一:写真作家)は「2009年中央線」というフォルダを見つけたのですが、御茶ノ水~神田間のレンガ高架橋だけでなく、交通博物館の建物も撮っていました。そこで10年ちょっと前の写真を振り返ってみましょう。

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神田駅西口改札の南側にある新石町橋高架橋。ここから南側はアーチ構造である(2022年7月、吉永陽一撮影)。

「この時からもう13年。高架橋は変わっていないな」

 独り言をいいながら写真を開きます。「交通博物館の建物はまだ解体されていなかったのか」。記憶が曖昧になりますが、同館は2007(平成19)年8月31日に完全閉館し、鉄道部門は鉄道博物館へと受け継がれたのです。慣れ親しんだ建物は2009(平成21)年に解体工事が始まりましたが、私が撮影したのはその直前。毎週のように通い、鉄道趣味の骨子を形成していった思い出深い場所のため、撮影していたようです。

 交通博物館は当初、「鉄道博物館」として東京駅北側の呉服橋架道橋付近の高架下に開設されました。1921(大正10)年のことです。ただ、後に高架線路の増設に伴い移転が決まり、その先は中央線の起点だった万世橋駅付近とされました。同駅舎は東京駅と同じく、辰野金吾事務所が設計したルネサンス様式の赤レンガ建物でしたが、関東大震災で被災してしまいます。

 鉄道博物館は、同駅舎を取り壊した後の敷地基礎を再利用し建設されました。竣工は1936(昭和11)年。白亜の3階建てビルに窓ガラスを多用した曲面の階段踊り場が格好よく、その姿は閉館まで保たれていました。同館は1946(昭和21)年に交通博物館へ改称しています。ちなみに万世橋駅は震災翌年に仮駅舎で復旧しますが、1943(昭和18)年に休止されると、その後は復活することなく廃止されています。

【写真】レンガ造りの高架橋を渡るJR中央線201系 在りし日の「交通博物館」も

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