分倍河原駅の武将らしき騎馬像、誰? JR南武線に背を向けているワケ

JR南武線の分倍河原駅ホームから南側を見ると、武将の騎馬像が目に入ります。この誰もが知るであろう武将は、ここの駅名と同じ名称が付いた戦いで勝利を収めています。そして最期を、遠く離れた越前国で迎えています。

なぜ武将は駅を背にしている?

 JR南武線の分倍河原駅(東京都府中市)ホームから南側を見ると、馬にまたがり刀を振り上げた武将の像が目に入ります。ただし、この位置からは武将の背中しか見えません。いったい何者でしょうか。かつて駅前で合戦があったのでしょうか。

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JR南武線の分倍河原駅ホームから見える騎馬像。武将は駅を背にしている(2023年1月、大藤碩哉撮影)。

 武将の正面に回り込むと、台座には「新田義貞公之像」とあります。新田は鎌倉時代末期の武将であり、また幕府をわずか15日で滅ぼしたことでも知られます。ではそのような新田の像が、なぜ分倍河原駅前にあるのでしょうか。

 それは鎌倉幕府が滅亡する1週間前、1333年5月中旬に「分倍河原の合戦」が起こったから。この場合の分倍河原は文字通り“川原”を指し、『太平記』によれば現在の府中市内の多摩川河畔で戦われたとされています。現在の駅前が主戦場だったわけではありません。

 そもそも新田は同月8日、討幕のため現在の群馬県太田市で挙兵。武蔵国を南下し、各地で幕府軍と交戦します。戦いは新田軍有利に進み、幕府軍はまさに背水の陣のごとく分倍河原へ追いやられました。

 15日、新田軍が幕府軍へ総攻撃を仕掛けます。しかし、前日までに援軍を受けていた幕府軍が新田軍を追い返します。火の海と化した現在の国分寺市を横目に、新田軍は一時退却しますが、こちらも援軍を受け翌16日に幕府軍を再度攻撃。ここに勝利を収めました。いよいよ新田軍は多摩川を渡り、鎌倉へ向け進軍。連戦連勝の末ついに22日、幕府を滅ぼしたのでした。

 駅前の騎馬像は1988(昭和63)年5月、府中市が地元の歴史を後世に残そうと建立したもの。なお冒頭で、新田義貞が駅を背にしていると述べましたが、それは鎌倉の方角を見ているためだそう。

 なお、京王線の中河原駅(同)から徒歩10分ほどの場所には、「分倍河原古戦場碑」が建立されています。

【お顔拝見】武将の騎馬像をアップで見る

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