日米「艦隊決戦」はあり得なかった? 真珠湾攻撃もドーリットル東京空襲も“そうするしかなかった”理由
太平洋戦争前、日米の両海軍はともに相手国を仮想敵とみなして、太平洋上で艦隊決戦を行うべく戦力を整えていました。もし日米艦隊決戦が起きたらどうなったのか。実は、当時の状況を鑑みると艦隊決戦など起きるはずなかった模様です。
艦隊決戦は起こらない?
太平洋戦争において、旧日本海軍は1941(昭和16)年12月の開戦劈頭、ハワイ真珠湾に対して空母機による空襲を行い、アメリカ太平洋艦隊を撃破します。ただ、ここでアメリカ空母部隊を取り逃がしたことが後々まで大戦の行方に影響を与えるようになりました。
ゆえに、真珠湾攻撃をせずに艦隊決戦を挑んでいれば、より大きな勝利が得られたとの意見も戦後上がるようになり、終戦から80年近くが経った今日でも時折、議論されることがあります。ただ、さまざまな観点から筆者(安藤昌季:乗りものライター)なりに推察してみたところ、どうも日米艦隊決戦がおきそうにないように思えます。なぜ、そのような結論に至ったか、順を追ってひも解きます。
そもそも旧日本海軍は、日露戦争での勝利後、長年にわたりアメリカ太平洋艦隊との「艦隊決戦」を想定して、兵力を整備してきました。アメリカ海軍もまた、長年「渡洋作戦」として、フィリピンを制圧した日本艦隊と主力艦隊を使って雌雄を決し、日米戦に勝利しようと考えていました。
すなわち両者の思惑は1939(昭和14)年ごろまで合致していたのです。しかし、それを阻む要素が持ち上がります。アメリカは1940(昭和15)年に方針転換を迫られます。理由はヨーロッパで立ち昇った戦火でした
1939(昭和14)年9月、ポーランドに攻め込んだドイツは、またたく間にフランスを始めとした周辺諸国を占領、イギリスについても脱落寸前まで攻め上げます。これを受け、アメリカはイギリスが脱落した場合、単独でドイツと戦う可能性を考慮せざるを得ない状況に陥っていました。
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