ほとんど奇跡の発見!? 旧日本軍の「戦車改造ブルドーザー」 80年で3度の“転生”

エンジンは一新! 変速機はマシマシで

 しかし、終戦から10年ほどが経過した1955(昭和30)年頃には老朽化が進んだほか、さらに高性能な民間のブルドーザーが出回り始めたためにお役御免となり、排土板を外して製材所で牽引車として使用されます。この時期に当初の三菱製空冷ディーゼルエンジンも終わりが来たからか、いすゞのトラックやバス用DA120水冷ディーゼルエンジンに載せ換えて、ついでに変速機(トランスミッション)もトラック用を追加してダブルミッションとなります(第2形態)。

 これは元々、最高速度が40km/hも出る九五式軽戦車だと、トルク重視の牽引車としては扱い難かったためで、前出したNPO法人のトップである小林雅彦代表の言葉を借りると、「F1レーシングカーをおばちゃんの買い物グルマにする」ほどの無理があったとか。しかしこの改造により、用途に対してずっと使いやすくなります。

 そして1975(昭和50)年頃、除雪や整地の用途でコマツ製の油圧式ドーザー(排土板)が再び前部に取付けられました。駆動方法は、エンジンルームの左後方に油圧用のオイルタンクが置かれ、後方中央でエンジンシャフトに繋がって駆動するポンプから車体左右のパイプを伝わってオイルが血液の様に循環する方式で、さらに運転席に窓やワイパーが付いたキャビンが設けられます(第3形態)。

 この改造でようやく現在見られる形となりましたが、意外なほど、まとまったデザインに落ち着きました。

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北海道札幌市に本社を置く土木建築会社(株)中山組が、戦後4年目の1949(昭和24)年に導入した九七式中戦車(チハ)改造の更生戦車。砲塔や車体機銃座が外され、車体前方の側面下部を軸にしたアームやワイヤーで操作する車体前方の排土板(ドーザー)が見える(@2010 nakayamagumi Inc.)。

 今回見つかった九五式軽戦車から改造を重ねて北海道で生き残ったブルドーザーは、こうした歴史の荒波をくぐり抜けて唯一存在が確認できる更生戦車であり、日本戦車としてだけではなく戦後復興や建設機械の変遷を示す貴重な証人と言えるでしょう。

 現在、同車を保有するNPO法人「防衛技術博物館を創る会」では、ゆくゆくは1975(昭和50)年頃の第3形態のまま補修作業を行い、御殿場市に建設予定の博物館に先日里帰りした別の九五式軽戦車と共に展示する予定だとか。

 この保存作業に向け、新たなクラウドファウンディングも予定されているようですが、月々500円で始められるマンスリーサポーターも随時募集されているので、ぜひ興味のある方は参加してみてください。皆さんの心付けが、現代史の「語り部」を後世に残す貴重な助力となることは間違いないでしょう。

【了】

【後ろ姿は全然違う!】エンジン替えて大幅改造 オリジナルが残る操縦席回りも(写真)

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