「船と戦車、合体させよう」日本海軍が戦車を作ったらこうなった!? 実際どう使われたのか

後継車両も開発されたが…

 当時、海軍は特二式内火艇の後継車両の開発も進めています。陸軍の一式中戦車を元に一式47mm戦車砲を搭載し、最大装甲厚50mm(前面)を確保した「特三式内火艇」と、物資輸送用の「特四式内火艇」です。しかしこれらはごく少数しか生産されず、実戦投入に至らないまま終戦を迎えました。

 さらに、特三式を改良した「特五式内火艇」も開発が進められていましたが、これは未完成に終わっています。

 実戦投入された特二式内火艇の生産数は184両と少ないものの、パラオなど南西太平洋の島々に遺棄された車両が現在も残っており、北千島に配備され旧ソ連軍に鹵獲(ろかく)された車両はロシアのクビンカ戦車博物館に展示されています。

 日本に限らず、第2次世界大戦では各国で数々の特異な戦闘車両が開発されました。連合軍もノルマンディー上陸作戦で水陸両用戦車シャーマンDDや各種の地雷除去戦闘車両など変わりダネを使用しています。

 それらと同様に特二式内火艇は海軍が実戦配備し、かろうじてその本来の目的をまっとうした“戦車”として、戦史に名を刻んでいます。

【了】

【確かに「船+戦車」】陸に上がった「特二式内火艇」(写真)

Writer: 時実雅信(軍事ライター、編集者、翻訳家)

軍事雑誌や書籍の編集。日本海軍、欧米海軍の艦艇や軍用機、戦史の記事を執筆するとともに、ニュートン・ミリタリーシリーズで、アメリカ空軍戦闘機。F-22ラプター、F-35ライトニングⅡの翻訳本がある。

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