零戦に比肩する傑作機「ぜろかん」旧海軍の“名バイプレーヤー”が現代に甦る! 発注元は広島の観光名所

戦艦「大和」に搭載されたことで呉へ

「零観」の略称で知られる零式観測機は、短距離の偵察や艦砲射撃の着弾観測に使用する目的で生まれた旧海軍機で、海面での発着が可能なようフロートを備えているのが特徴です。

 開発は1935(昭和10)年に三菱重工で始まり、運用は1940(昭和15)年に開始されています。2人乗りで、機体形状はこの当時すでに旧式な複葉構造であったものの、羽布張りの補助翼を除くと近代的な全金属製でした。

 エンジンは三菱製の「瑞星一三型」を搭載。機体が小型・軽量なことにより上昇力に優れ、最高速度も複葉機としては速く370km/h出ます。また自衛用として機首に7.7mm機銃を2丁装備(ほか機体後部に旋回機銃を1丁)するなどして、一定の空戦性能も備えていたことから、太平洋戦争の中頃までは水上戦闘機代わりに使われることもあり、P-38やP-39、F4Fといったアメリカ軍戦闘機の撃墜記録も残しています。

 さらに翼下に爆弾2発を搭載可能であったことから、船団護衛や対潜水艦哨戒にも就くなどマルチに使われ、各型合わせて700機以上(一説には1000機以上)生産された傑作水上機でした。

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太平洋戦争当時、飛行中の零式観測機。後席は通信士を兼ねた観測員が搭乗する(吉川和篤撮影)。

 旧日本海軍を代表する戦艦「大和」にも搭載され、各海域で多用されたようですが、同艦最後の出撃となった1945(昭和20)年4月の沖縄への海上特攻では作戦前に全機が降ろされています。

 やはり貴重な機体と搭乗員を無駄にする事は避けたかったからでしょうか。「零観」と搭乗員たちは広島県の呉軍港を出撃する「大和」の上空で旋回しながら、船影を見送ったというエピソードも伝えられます。そうした「大和」との深い関係があった機体であることから、このたび大和ミュージアムが発注したとのことでした。

 実は、大和ミュージアムは2026年4月のリニューアルオープンに向けて、来年の2025年2月中旬から改装工事のために一時休館することが発表されています。

 その間は、近くにある「ビューポートくれ」内に仮展示室として「大和ミュージアム サテライト」が開設される予定です。このたび鋲打ち式を行った「零観」の実物大模型は、この仮展示室の目玉として海上に浮いたイメージで展示される予定なので、それはそれで「サテライト」の目玉展示になることは間違いないでしょう。

 来年のお披露目には、筆者も呉に足を運んでその姿を見学したいと思いました。

【了】

【来年の姿は?】これが広島・呉での「零式観測機」展示イメージです

Writer: 吉川和篤(軍事ライター/イラストレーター)

1964年、香川県生まれ。イタリアやドイツ、日本の兵器や戦史研究を行い、軍事雑誌や模型雑誌で連載を行う。イラストも描き、自著の表紙や挿絵も製作。著書に「九七式中戦車写真集~チハから新砲塔チハまで~」「第二次大戦のイタリア軍装写真集 」など。

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