これ新車!? やけにクラシカルな「鉄スクーター」がいま買えるワケ 元ホンダ技術者と「ベスパ」を巡る奇跡みたいな話

台湾のベスパ「出来がいい」メーカーのものは?

 一方、佐々木さんが当時台湾で見たベスパはなんと3種類が存在。台湾の百吉発、偉士牌という2種のライセンス生産のベスパ、そしてイタリア・ピアッジオ社のオリジナルベスパの3種類でした。

「この3つのうち、私から見て良いなと思ったのは百吉発とピアッジオ社のオリジナルでした。そこで百吉発をよく調べてみると、インドのバイクメーカーの“バジャジ”がライセンス生産したベスパだったんです。さらにピアッジオ社のオリジナルのベスパと、百吉発(バジャジ)を詳しく見比べてみると、バジャジのほうがよくできていて『これは良い』と思いました」(佐々木さん)

 台湾を行き来する生活を経て、佐々木さんは1980年に「自分が思う通りのバイクを作りたい」としてホンダから独立。以降、バイクのデザインや開発と並行し、二輪専門ライターとして国内外に取材に出向く日々を送っていました。

 余談ですが、佐々木さんの話と筆者の体験が少し合致するところがあります。

筆者は1991年にベスパPX200を購入し、同時期に「同じモデルが台湾で走っているらしい」「しかもピアッジオ社の正規消耗品パーツより秀逸で、しかも安い」と聞きつけ、その翌年に台湾までベスパのパーツを買いに行った経験があります。

Large bajaj 04

拡大画像

1992年の台北の街角には、朽ち果てたライセンス生産のベスパがゴロゴロ停まっていた(1992年、松田義人撮影)。

 佐々木さんの話とは10年前後の時差があるものの、確かに当時の台湾ではライセンス生産のベスパが多く走っており、良い意味で「カッコ良すぎない」台湾ベスパ、アジアンベスパに興味を抱きました。

日本でいきなり売り出した「インドベスパ」

 そして、それから間もなくして日本国内で突然、輸入販売が始まったのがインドベスパ、バジャジの新車でした。これも佐々木さんの“仕業”だったのです。

「私が独立してすぐの頃、バイクの仕事で当時の東ドイツとやりとりをしていました。東ドイツの展示会などでバジャジのライセンス生産ベスパもよく見ていて、改めて『良いなぁ』と見ていたのですが、こっちは私1人の小さな会社。向こうはインドの大会社だから『日本に輸入させてくれ』と言っても相手にしてもらえないだろうと思っていました』(佐々木さん)

 ところが、1990年に東西ドイツが統合すると、状況が変わったのだそうです。

【マジで新車かよ…】これが真新しいままの「鉄ベスパ」です(写真)

最新記事

コメント

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシー利用規約が適用されます。