走り続けて半世紀 消える国鉄特急色
2015年10月末、「国鉄特急色」の列車が定期運行を終了します。長い歴史を持ち、人々の記憶のなかに多く刻まれてきた、そのクリーム色と赤い帯。どのようにして生まれ、なぜいま消えていくのでしょうか。
「国鉄特急色」が希少になる時代、その背景には
1980年代に入り、経営が悪化した国鉄は、「地域密着」を打ち出すようになります。路線ごとの地域事情に合わせた車両が造られるようになり、カラーリングも従来の「国鉄特急色」ではない斬新なものが現れ始めました。
その流れを決定的にしたのが、1987(昭和62)年に行われた国鉄の分割民営化です。もはや車両の塗色を全国で統一する必要性はなくなり、むしろ民営化後のJR各社は、積極的に地域の独自性を出していくことが求められました。
そこで「国鉄特急色」の車両も検査などの際に、まったく別のカラーリングに塗装されることが増えました。特急形の車両は営業上で重要な“商品”ですので、内装をグレードアップするとともに、国鉄時代の古いイメージを一新する意味でも、積極的に塗り替えが進められます。
そうなると、今度はかつてどこでも見られた「国鉄特急色」が、逆に希少価値を持つようになります。
近年は、残された数少ない「国鉄特急色」を追い求める鉄道ファンも多く、そうした声に応えて、JR各社はその塗色を復活させることもありました。
この、1958年から半世紀以上の歴史を持つ「国鉄特急色」。2015年10月30日(金)、ついに定期運行を終了します。
【了】
381系ですか,確か41年前から35年前までしなの号として名古屋から長野方面へ行った時に乗った思い出があります。自分自身は,しなの号としてキハ181系の列車に乗りたい思いを抱いていました。これに関しては名古屋の金城埠頭にあるリニア鉄道館に展示されててしかも中にも入れるだけあって感無量でしたね。