首都高老朽化の象徴、造り替えへ 40か月、一部通行止めで
やろうと思えば100年も? そもそも道路はどのくらい持つのか
我々、土木建築の素人には「橋のような構造物は年月の経過とともに脆くなっていくはず」という先入観があります。
私もかつて、首都高の建設に携わる専門家に、「何年ぐらい持つものなんですか」という質問を投げかけてみました。それに対する答えはこうでした。
「たとえば鉄筋コンクリート構造物でも、老朽化した部分をその都度はぐって鉄筋を入れ替え、溶接してコンクリートで埋めて取り換え取り換えして行けば、極端な話、最終的には全部入れ替えることもできます。つまり適切な維持管理を続ければ、100年でも200年でも持たせることはできるんです。ただ、徐々に修繕費用がかさんでいきますから、ある時点で、長期的には造り直したほうが安上がりになるときが来ます」
1号羽田線の東品川桟橋部が建設されたのは、前回の「東京オリンピック」前年である1963(昭和38)年。すでに53年を経ており、そろそろ造り直したほうが安上がりな時期が来たということでしょう。
考えてみれば、東日本大震災でもあの区間には特に問題が起きず、はるかに新しい大黒JCT(横浜市鶴見区)の高架と荒川河口橋のほうに軽度の損傷が生じました。
本当に大地震が起きても問題ないのか、実際のところはそのときにならないとわかりませんが、我々が見た目のイメージだけで判断してはいけないのもまた、確かでしょう。
【了】
Writer: 清水草一(首都高研究家)
1962年東京生まれ。慶大法卒。編集者を経てフリーライター。『そのフェラーリください!!』をはじめとするお笑いフェラーリ文学のほか、『首都高はなぜ渋滞するのか!?』などの著作で、首都高研究家/交通ジャーナリストとして活動中。
作り直すなら、将来の首都高速全線を3車線化することを前提に、この部分から片側3車線分を作って欲しい。