ホンダF1の「怖~いハナシ」創成期の不幸な事故と黄金期の黒星にまつわる「奇妙な縁」後編

1988年シーズンのF1は、マクラーレン・ホンダの全戦全勝が確実視されていたものの、その夢は不運なトラブルによって潰えます。その原因となったのは20年前のフランスGPで事故死したのと同じ名を持つドライバーでした。

RA302が事故 ジョー・シュレッサーは還らぬ人に

 前日の予選をなんとか通過したシュレッサーは、7月7日の決勝を16番グリッドでスタート。RA302は2ラップ目には2位を走行していたRA301から15秒遅れと、彼は無理をせずに後方を走っていました。

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1964年のル・マン24時間耐久レースに出場するジョー・シュレッサー(写真左側から2人目)。1952年にアマチュアレーサーとしてラリーに参加し、1957年にプロレーサーに転向。スポーツカーレースやル・マン24時間耐久レースで活躍したのち、運命のF1出走となった(画像:Copyrighted free use)。

 しかし、2ラップ目を走り終え、メインストレート先の下りS字コーナーに入ったところでコントロールを失い、土手に乗り上げてクラッシュ。車体がひっくり返った状態でコース上に落下すると、満載した燃料とマグネシウムを多用したボディが激しく炎上します。この事故でシュレッサーは脱出できないまま炎で焼かれ、帰らぬ人となりました。

 今もって事故原因は不明ですが、ホンダがF1で初めて経験した死亡事故は、無謀なレース計画が原因だったことは確かと言えるでしょう。

 この事故の後も本田はRA302の開発続行を命じましたが、開発スタッフの士気は地に落ちており、テスト走行したのみで再び実戦投入されることはなく、結局はそのままお蔵入りとなりました。

 自然吸気かつ空冷のレーシングエンジンを開発する夢に敗れた本田は、「市販車開発に注力する」ことを理由に、1968年シーズンを最後にF1からの撤退を表明。のちに乗用車開発においても空冷に執着したことで若手エンジニアの反発を招き、1973年に番頭役の藤沢武夫に諭されて社長を引退しました。

 一方の中村は、F1撤退後はホンダの欧州駐在員として、本田が退任するまで日本に戻ることなく現地で仕事し続けました。

 ルーアンの悲劇から20年後、誰もがシュレッサーの名を忘れかけていたときに、確実視されていたマクラーレン・ホンダの全戦全勝を阻んだのが偶然にも彼の甥だったのです。そのときの本田の胸中はどのようなものだったのでしょうか。運命の赤い糸は長い時を超えて繋がっていたと言えるでしょう。

 なお後年、中村は空冷・水冷の対立について「結局、本田社長はもっとも基本的な熱力学の物理法則を理解していないので、いくらいっても論争がかみ合わないのです」と辛辣に述べており、また本田個人についても「人間としては尊敬できるが、技術者としては尊敬できない」との言葉を残しています。

【本田宗一郎のこだわり!】自然吸気の空冷エンジンF1マシンが走る姿(写真)

Writer:

「自動車やクルマを中心にした乗り物系ライター。愛車は1967年型アルファロメオ1300GTジュニア、2010年型フィアット500PINK!、モト・グッツィV11スポーツ、ヤマハ・グランドマジェスティ250、スズキGN125H、ホンダ・スーパーカブ110「天気の子」。著書は「萌えだらけの車選び」「最強! 連合艦隊オールスターズ」「『世界の銃』完全読本」ほか」に

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