「ティーガーII」はなぜ“カクカク”じゃない? かつてのドイツ戦車伝統のフォルムを捨てた教訓とは

第二次世界大戦中に運用されたドイツ軍の重戦車「ティーガーI」と「ティーガーII」ですが、同じティーガー(虎)の名前を冠していながら、デザインは大きく異なります。なぜなのでしょうか。

先代の「ティーガーI」と「ティーガーII」は全く似ていない! なぜ?

 今から約80年前の1945年3月6日から3月15日まで行われたドイツ最後の反攻作戦「春の目覚め作戦」では、当時ドイツ軍で最新鋭だった「ティーガーII」重戦車が大量運用された最初で最後の戦いでもありました。同戦車ですが、2年前から戦場に投入されていた先代の「ティーガーI」と同じくティーガー(虎)の名前を冠していながら、その外見は似ても似つかないものになっています。なぜこのように大きくデザインが変わってしまったのでしょうか。

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戦場に放置された「ティーガーII」(画像:パブリックドメイン)

「ティーガーI」が角ばったデザインなのに対し「ティーガーII」が傾斜が多いフォルムになっています。これは、当時の戦争相手国であるソビエト連邦が関係しています。「ティーガーII」が“避弾経始”というソ連戦車でよく見られた技術が使われています。これは装甲を傾斜させることで、徹甲弾などの対戦車砲弾の運動エネルギーを分散させ、逸らして跳弾(弾く)させるという発想です。

 元々は1920年代にアメリカで開発されたクリスティー戦車で考え出された発想ですが、この理論を発展させたのがソ連軍でした。ソ連軍は、避弾経始により防御力を向上しつつ、重量の軽減や鋼板の節約ができると考え、砲塔・車体ともに全周で避弾装甲を採用したT-34中戦車を1941年7月以降の独ソ戦初期から投入しており、その機動性、火力、防御力に優れる戦車を目の当たりにしたドイツ軍が衝撃を受けました。

【か、簡単に対弾性が向上する!?】これが、斜めにするだけに防御力が向上する避弾経始です(写真)

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