京急の駅に「美空ひばりの歌碑」どんな関係? 歌の背景に「大開発計画」の紆余曲折 その痕跡を追う

美空ひばりの名曲「港町十三番地」は、現在の京急や川崎市が計画した運河計画とつながりがあります。現地に残る大規模な運河計画の痕跡をたどります。

工場進出は期待外れ…次善策は?

 次善策として京浜側は、工場予定地を高級住宅地「八丁畷分譲地」に変更して販売します。作戦は成功し、東京・横浜へのアクセスも良いため、大企業のビジネスマンや芸術家などが移住したそうです。

 当初は運河の水も澄み、船渠で海水浴場を開いたほどですが、工場の進出で水質汚染がひどくなり、やがて閉鎖に。同じく、工場の煤煙(ばいえん)など住環境も悪化し始め、富裕層も徐々に離れていきました。

 運河利用も少ないことから、船渠を含む北の部分は1940年代初め、近くの日本鋼管(現JFE)の製鉄所から排出されるスラグ(鉱滓:こうさい)や石炭灰で埋め立てられました。

 第二次大戦後しばらくは、運河南部の工場が舟運に活用されますが、1960年代にほぼ全部が潰され、遊歩道(京町緑地)や集合住宅地などに変わっています。

 一方、大正期に構想されたもう一つの「川崎市主導プラン」は、より大掛かりで、次の3ルートが計画されました。

(1)川崎河港水門から川崎市南部の中央部を斜めに横切り東京湾(池上)へ(約2.4km)

(2)池上から東京湾岸を並行して北上し夜光(末広運河)へ約2.5km

(3)既存の川崎運河中央部から東京湾岸を並行して北上して夜光運河へ(約5km)

 これらは互いに交差し、川崎を縦横無尽に走ります。「京浜電気鉄道主導プラン」と違い、1919(大正8)年に施行された都市計画法に基づく計画で、1935(昭和10)年に内務省から正式に認可も得た“官製プロジェクト”です。

 運河の工事開始に先立ち、多摩川堤防の大改修事業に合わせ、現在の川崎市川崎区港町(みなとちょう)の多摩川沿いに、1928(昭和3)年「川崎河港水門」が造られます。

 建設には、この地に工場を構える鈴木商店(現・味の素)が全面協力し、敷地や建設費のほぼ全てを提供しました。

【更地が街に】これが完成当時と「現在」の川崎運河です(写真と地図)

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