自衛艦でひときわ目立つ“緑”迷彩! 陸自と海自それぞれの隊員の心中は?「旧軍と同じ失敗できませんから」

かつてはいがみ合っていた陸海の軍人。しかし自衛隊海上輸送隊群の発足に見られるように、今や陸海の隊員が連携して任務に当たるまでになっています。制服の色から文化まで異なる両者。現場でそれぞれの隊員はどう感じているのでしょうか。

教育担当の海自隊員はどう感じている?

「最初は『本当に馴染めるのか?』と疑問に思った。しかし、彼らの適応力の高さや熱意を見ているうちに、共に働くことに対する不安は消えた」

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日米共同統合演習において、輸送艦「くにさき」で甲板作業を行う陸自隊員(海自掃海隊群HP)

 こう語るのは、第2術科学校で教育を担当する稲垣三等海曹(28歳)です。3月14日の取材時、上記の藤原陸曹長を含む学生を教育していました。

 海上自衛隊の学校で陸自隊員をどのように受け入れるべきか、前出の藤原陸曹長のように自衛隊経験年数、年齢、階級のすべてで自身より上の隊員に対応することもあるため、これまでのやり方で通じるのか不安もあったと言います。しかし実際に受け入れてみると、「学びに来た」という姿勢が明確で、よく「わきまえてくれている」、また海自学生にしてみると頼れる先輩でもあり、学生のリーダーシップをとってくれる場面もある模様です。

「彼らは陸自出身だからこそ、海自とは異なる視点で物事を見ている。その違いが、むしろ部隊の強みになり得ると感じる」

 稲垣三等海曹は話します。

 こうして見てみると、陸海がうまく協力関係を築いているように感じますが、やはり陸自隊員の緑の迷彩服は学校内では少数で目立ちます。なお、「知識と技能、そしてシーマンシップを身につけて、海自のセンスを持った陸上自衛隊隊員を目指したい」と、藤原陸曹長はあくまでも陸自隊員であるというスタンスを崩しません。

 迷彩服は本来、それぞれが働く現場の環境に合わせてデザインされていますが、陸自隊員は艦内でも緑基調の作業服のままです。青に着替えるという話は聞こえてきません。服装の違いはアイデンティティの違いそのものです。

 太平洋戦争前は、「陸軍は馬で海を渡る、海軍は軍艦で山を越える」という、互いの得意分野を無視した意地の張り合いもあり、結果、戦争に敗けました。両者の連携という点で、同じ轍を踏まない挑戦が始まっています。新編される自衛隊海上輸送群が、海自の輸送艦不足や人員不足を補うだけの存在になるのか、それとも自衛隊の柔軟性を示すことになるのかが試されていると言えるでしょう。

海自艦に「陸自の」輸送ヘリが載ってるぞ!?【写真】

Writer:

1975(昭和50)年に創刊した、40年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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コメント

2件のコメント

  1. 私(1947年生まれ)のオヤジ(1922年生まれ)は旧陸軍に招集・入隊後、最初は通信・暗号兵として大陸での任務に就いていましたが、大戦末期には船舶兵としての訓練を受け、陸軍暁部隊特殊艇隊に配属されて、山川軍港と沖縄の間で対潜機雷投下任務についていたと聞かされました。ちなみに艇長は陸士出の少尉で素晴らしい人であったとのことです。

  2. 陸と海って根本的に考え方が違うんだよね。

    陸はエリア(陣地)のとりあい 海はポイントで一騎打ちみたいな。

    前ミッドウェイーの戦いを小川元陸将が考察していたが

    旧海軍はミッドウェーの基本作戦要項は最初からミッドウェー島攻略となっていたのに

    その攻略部隊の大和などの戦艦部隊がなんで最初から遙か後方なのか?

    ミッドウェー島を攻略していれば陸上基地を確保でき米空母を撃破できたはず。

    なぜか最初から空母殲滅戦に作戦みたいみんながみんなそっちに行って

    山本長官もそれに疑問をもたなかったと。それを指摘された海自の伊藤元海将もあっけにとられてた。

    今まで考えたことなかったと。