未だに沖縄で“終わらない戦後処理”を続ける人々 戦闘で残された不発弾の完全処理まで後何年?
今から約80年前、沖縄ではアメリカ軍が上陸を開始し、地上戦が展開されました。この戦により、日米双方から大量の砲弾、ロケット弾、爆弾が沖縄の大地に降り注ぎました。そのうち、約1800tが、未だに不発弾として残されています。
危険手当は日額1万400円?
一般的な不発弾の処理の流れを追ってみましょう。

まず一般の人々が不発弾を発見した場合、むやみに触ったりせず、警察に連絡するようにと沖縄県警や県庁は注意喚起しています。警察では、その連絡を受けて、その地域を管轄する陸上自衛隊の師団・旅団長に処理を要請するそうです。そこから、不発弾処理隊へと司令が下り、彼らが出動することになります。
現場で不発弾を確認し、危険性が少ないと判断された場合は、その場で掘り出して信管などを取り外し、安全性を確保してから、一時的な保管場所へと移動させます。その後、安全が確保された演習場や、船舶の通る危険のない海洋へと運搬し爆破処理により廃棄します。
ただし、不発弾の中には、発見された時点でいつ爆発するかわからない、危険な状態のものもあります。そういった場合はわずかな振動でも爆発する可能性があるため、移動することはせず、その場で爆破処理することもあります。
その際は、周辺住民に避難命令を出し、不発弾の周りを分厚い防護壁で覆うなど、安全対策を万全にしたうえで、遠隔操作で爆発させます。
なお爆弾の処理は、爆発に巻き込まれる恐れのある大変に危険な作業ですので、不発弾処理を行った隊員には、危険手当が支給されます。
これは「特殊勤務手当」という名目となっており、不発弾の信管除去などの最も危険な作業に従事した場合には、日額1万400円、比較的危険度の低い不発弾の捜索や発掘などに従事した場合には、日額750円が支給されます。危険手当が安いか高いかはここでは置いておくとして、彼らは未だに“終わらない戦後処理”ともいえる作業を日夜続けています。
ちなみに、沖縄県以外にも同様の部隊があります。戦時中に地上戦がなくても空襲により不発弾が残されたからです。ただ、沖縄よりは絶対数が少ないため、第102不発弾処理隊は関東から東北、北海道までを広くカバーし、第103不発弾処理隊は中部から関西地方、第104不発弾処理隊は九州を中心に活動をしています。また2019年には陸上総隊の隷下に中央即応連隊爆発装置処理隊が新設されました。
なおこちらは、不発弾の処理だけでなく、テロなどによって設置された爆発物の処理なども任務としています。
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