「次は新宿です」「次も新宿です」!? 世界一のターミナル駅になる過程で存在した“2つの新宿駅”時代とは?

世界一の利用客が集まる駅、新宿。片田舎の小さな駅として開業してから140年、周辺は驚くべき発展を遂げました。その過程で、新宿駅に「ふたつの新宿駅」が存在した時代もありました。

新宿駅に「ふたつの新宿駅」が誕生!?

 その後、甲武鉄道は1889年のうちに立川~八王子間を開業させると、こんどは新宿から東、都心部を目指し延伸を続けます。1894(明治27)年に新宿~牛込間、翌年には牛込~飯田町間、1904(明治37)年に飯田町~御茶ノ水間が開業します。

Large 20250511 01
甲武鉄道の電車デ963形。松本電鉄(現・アルピコ交通)でハニフ1として保存されたのち、さいたまの鉄道博物館へ渡った(画像:PIXTA)。

 ちなみに牛込駅は2020(令和2)年に200m西に移設した現在の飯田橋駅付近に、飯田町駅は飯田橋駅の東、水道橋駅との中間あたりにありました。

 甲武鉄道が1904年に電車運転を始めたことなどから、新宿駅は開業から21年がたった1906(明治39)年に構内の改良工事が行われます。開業時には現在の東口あたりにあった駅舎を、甲州街道に面した現在の東南口あたりに移転させました。

 この移転にあわせて、甲武鉄道は新宿駅構内に“ふたつのホーム”を設けました。ひとつは二代目駅舎に近い「甲州口」、もう一つは青梅街道に近い大久保寄りの「青梅口」で、甲武鉄道の電車はどちらのホームに停まるという運行をすることになったのです。

 同じ駅(電停)でふたつのホームに停まるという運行は、いまも鹿児島市電などで例があるものの、電車の両数が少なかった頃の珍しい形態でしょう。

 そしてこの年の10月には甲武鉄道が、11月には日本鉄道が相次いで国有化され、新宿駅も官設鉄道の駅となりました。戦後は国鉄、そしてJRとなり現在に至ります。

関東大震災で東京の人の流れが変わった

 新宿の人の流れを大きく変えるきっかけとなったのが、1923(大正12)年の関東大震災です。

 新宿駅の駅舎も大破しましたが、被害がより大きかったのは東京の東部、下町の人口密集地帯でした。被災した人々は、被害の小さかった東京西部や多摩地域に移住し、中央線や京王電気鉄道(現・京王電鉄)で通勤するようになり、新宿駅の利用者が急増していきます。

 震災の翌年には中央線のふたつのホームを1か所にまとめ、2年後の1925(大正14)年には現在の東口あたりに三代目となる鉄筋コンクリート造りの新駅舎が完成。駅周辺の開発とともに、発展していくことになります。

【タヌキ出るわ!】これが「片田舎だったころの新宿駅」です(画像)

最新記事

コメント

記事ランキング

  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  3. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号
  4. 飛行中の「日の丸特別機」に粋なサプライズ! 天皇皇后両陛下を“最新ステルス戦闘機”がお出迎え
  5. 「危なすぎる!」阪神高速“中の人”がブチギレ!? “衝撃動画”とともに呼びかける「ドライバーが守るべき3つのこと」とは
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. 「“再有料化”でいいから4車線化して」→普通車280円になって1年 利用者負担で勝ち取った“効果”あきらかに 八木山バイパス