自衛隊も重用する「4発エンジン機」が空母で幾度も発着なぜ? 記録ねらいじゃなかった! 米軍の切実な悩みとは
いまから60年ほど前の1960年代前半、米海軍は遠洋にいる空母への物資輸送用に4発輸送機を使うことができないか試験したことがあります。結果は良好、しかし採用しませんでした。なぜなのでしょうか。
空母への発着OKだったのに不採用 なぜ?
これら試験結果を受け、アメリカ海軍ではC-130を使用した場合、11tの貨物を搭載して4000kmを飛行し、空母に着艦することが可能だと見積もりました。試験成功の功により、パイロットを務めたフラットレー大尉には、1965年に殊勲飛行十字章が授与されています。

しかし、大きな欠点も残りました。まずC-130は機体が大きすぎ、空母のエレベーターに載せることができませんでした。したがって艦内の格納庫に収容することが不可能で、かつC-130が飛行甲板にいるうちは戦闘機などほかの飛行機の発着艦ができません。これは作戦運用上、無視できない問題でした。
一方、アメリカ海軍ではこの頃、空母で運用できる手頃な大きさの艦上輸送機の開発計画を、グラマン社との間で進めていました。E-2「ホークアイ」艦上早期警戒機を母体にしたその輸送機は、1964年11月に初飛行しC-2「グレイハウンド」と名付けられます。
C-2はE-2から派生して誕生しただけに、主翼を折りたたんで空母の格納庫に収容でき、着艦フックやカタパルト発艦にも対応していました。機体尾部には貨物の積み下ろしがしやすいようカーゴランプを装備し、貨物搭載量もC-1を大きく上回る最大4.5tあまり、航続距離は1800km以上という性能を有しています。
結局、大きすぎて持て余すC-130より、手頃な大きさのC-2の方が作戦上有効であるとの判断が下され、C-130が空母に発着する機会は試験のみで終わりました。C-2は1965年より量産され、21世紀の今も空母で物資の補給や人員輸送の任務に就いています。
パイロットのフラットレー大尉は、のちに空母サラトガの艦長となり、艦長在任中の1980年にF-4「ファントムII」戦闘機で通算1500回目の着艦を達成しました。この中にKC-130Fによる21回の着艦が含まれていることはいうまでもありません。なお、彼は1987年に少将で退役しています。
ちなみに、試験に使用された機体ナンバー149798のKC-130Fは海兵隊に返却され、空中給油機として2003年の「イラクの自由作戦」にも参加しています。退役後の2006年からは、フロリダ州ペンサコーラにある海軍航空博物館にて保存・展示されており、その姿を見ることができます。
Writer: 咲村珠樹(ライター・カメラマン)
ゲーム誌の編集を経て独立。航空宇宙、鉄道、ミリタリーを中心としつつ、近代建築、民俗学(宮崎民俗学会員)、アニメの分野でも活動する。2019年にシリーズが終了したレッドブル・エアレースでは公式ガイドブックを担当し、競技面をはじめ機体構造の考察など、造詣の深さにおいては日本屈指。
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