「新幹線で荷物が送れます」なぜ一度消えた? “はこビュン”より前に「国鉄」が行った輸送サービスとは
JR東日本の「はこビュン」など、新幹線を使った輸送サービスは国鉄時代から存在します。しかし、一度このサービスが消えてしまったのはどのような事情があったのでしょうか。
誕生のきっかけは「最後のあがき」
JR各社が新幹線を利用した荷物サービスを拡大しています。コロナ後の旅客需要減を補う取り組みですが、同様のサービスは国鉄時代にもありました。それが「レールゴーサービス」です。時代を先取りした取り組みはなぜ誕生し、消えてしまったのでしょうか。
「新幹線で荷物が送れます」
レールゴーサービスはそんなキャッチフレーズで1981(昭和56)年8月に始まりました。国鉄当局は当時、商取引の迅速化で物流の速達性が進んでおり、荷物が航空混載便、郵便、トラック便などにより大都市間において輸送されていることから、時代の要請にこたえるため新幹線の特性を生かしたサービスを開始したと説明しています。
背景には国鉄荷物輸送の衰退がありました。荷物とは旅客から預かる手荷物、小荷物、新聞などを指し、旅客サービスの一環との位置付けでした。1976(昭和51)年度の少量物流輸送量は国鉄が6700万個、民間は200万個でしたが、そこから宅配便サービスが急速に普及します。
1980(昭和55)年度にシェアが逆転すると、1984(昭和59)年度は国鉄1600万個に対し、民間は3億8500万個と大きく差を付けられてしまいました。時を同じくして進んだ国鉄再建の中で貨物輸送、荷物輸送は大幅に縮小されることになりますが、いわば「最後のあがき」として企画されたのが「レールゴーサービス」でした。
サービスは当初、東京~新大阪間の「こだま」12往復で始まりました。取扱駅は東京、新大阪、大阪の3駅。翌日引き渡しが基本だった航空便に対抗するため、昼間7往復(Aパターン)は当日引き渡し、夜間5往復(Bパターン)は翌朝引き渡しとしました。
ねらいは東京と大阪のオフィスから直接駅に持ち込まれる、書類や図面、原稿、証券、コンピューターの磁気テープ、電子部品など小型高付加価値荷物の輸送需要です。3kgから12kgまで大小4種類の段ボール箱に入れた荷物はジュラルミン製のトランクに封入され、最大6個を業務用室に搭載しました。
下り列車の平均積載率は30~40%、列車によっては70%という順調な滑り出しとなったことから、翌年に受付時間の拡大と土休日の割引導入、定型契約の導入などサービス改善を図り、さらなる需要拡大を目指します。




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