「新幹線で荷物が送れます」なぜ一度消えた? “はこビュン”より前に「国鉄」が行った輸送サービスとは
JR東日本の「はこビュン」など、新幹線を使った輸送サービスは国鉄時代から存在します。しかし、一度このサービスが消えてしまったのはどのような事情があったのでしょうか。
順調に拡大も、衰退を呼んだ「情報」社会
1983(昭和58)年に対象区間を山陽新幹線まで拡大し、岡山、広島、博多を取扱駅に加えました。また、対象列車に「ひかり」が加わり、Aパターンが「ひかり」5往復、「こだま」2往復、Bパターンが「ひかり」5往復、「こだま」5往復となり、速達性を向上させました。
後にJR東海社長を務める須田寬旅客局長は1982(昭和57)年の座談会で「別に大きな地上設備も要りませんので、将来新幹線をそういう少量物品の輸送手段として使うということは、ひとつの大きな営業分野として見直していく必要があると思います」と語っています。
また、田中康弘常務理事・新幹線総局長は「現在は、たまたまあるスペースを使っていますが、将来的には床下に収納するようなことも考えられるのではないかと思います」として「ほんとうにこれがうまく育つなら、そんなことも考えられる」と期待を寄せています。
1982年に開業した東北・上越新幹線では、1985(昭和60)年の上野延伸にあわせてレールゴーサービスを開始しました。対象は上野~盛岡間3往復、上野~仙台間5往復、上野~新潟間4往復。AパターンとBパターンの分類や輸送方法は、東海道・山陽新幹線と同様です。
1986(昭和61)年に行われた国鉄最後のダイヤ改正では、バイク便の集荷配送を組み合わせた「ひかり直行便」が東京~大阪・仙台間でサービス開始し、レールゴーサービスとともにJRに継承されました。
しかし1990年代後半になるとレールゴーサービスに言及した記事は激減します。元々、航空便より速く高価な位置付けのサービスでしたが、IT技術の発展で文書類や記録媒体など「情報」の輸送需要が減少し、「実物」の輸送は安価な航空便に流れていったようです。結局、東海道・山陽新幹線は2006(平成18)年にサービスを終了します。
唯一、細々とサービスを継続したJR東日本は、2021年9月30日にサービスを終了しますが、翌10月1日から荷物サイズ、個数、対象列車を拡大した「はこビュン」を開始しました。国鉄の挑戦は40年の時を超えて形になろうとしています。
Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx





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