約130年の歴史に幕「造船の横須賀」 日産工場の隣の住重造船所で“最終船” ただどう見ても「まだフネ作る気マンマン」なワケ

住友重機械工業グループが横須賀造船所で建造する一般商船の最終船を引き渡しました。今後は需要増が見込まれる洋上風力発電関連の船舶などに特化する方針ですが、どう見ても、「造船はまだ続ける」雰囲気です。

120年以上の歴史に節目 一般商船の最終船

 住友重機械工業グループの住友重機械マリンエンジニアリングは2026年1月20日、横須賀造船所(神奈川県横須賀市)で12万重量トン型のアフラマックスタンカー(中型タンカーの一種)1420番船「ARION」をギリシャ船主に引き渡しました。「ARION」は同社が建造する一般商船の最終船です。

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住友重機械マリンエンジニアリング横須賀造船所(深水千翔撮影)

 今後、住友重機械マリンエンジニアリングは需要の増加が見込める洋上風力発電所に関連した船舶の建造や大型の鉄鋼構造物の製造に特化していく方針です。舛谷明彦取締役営業・技術本部長は「一般商船としては最終船になるので残念だが、洋上風力に向けて前向きに捉えて、事業変革を進めていきたい」と話します。

 ただ、一般商船からの撤退は表明しているものの、日産の追浜工場に隣接する横須賀造船所はまだまだ、“フネを作る場”としても稼働する見込みです。

 住友重機械工業は1969(昭和44)年に住友機械工業と浦賀重工業が合併して誕生しました。浦賀重工は1897(明治30)年に創業した浦賀船渠(浦賀ドック)を前身としており、住重グループは130年近くにわたって造船事業を手掛けてきました。

 浦賀では青函連絡船の「翔鳳丸」や「津軽丸」といった鉄道史に残る車載客船や、戦後の引き揚げ輸送で活躍した日本海汽船の「白山丸」、瀬戸内海の女王として知られる関西汽船の「むらさき丸」、旧日本海軍の軽巡洋艦「五十鈴」、駆逐艦「時雨」、海上自衛隊の護衛艦「はつゆき」、試験艦「あすか」など官民問わず多種多様な船を送り出しています。1980年代に海技教育機構の練習帆船「日本丸」と「海王丸」を建造したのも浦賀の造船所でした。

 しかし、2000年代に起きた造船所再編の流れの中で、住友重機械工業は浦賀艦船工場を艦艇部門と共にIHI子会社のIHIMU(アイ・エイチ・アイマリンユナイテッド)横浜工場へ統合することを決め、護衛艦「たかなみ」の引き渡しをもって住重グループは浦賀での新造船建造から撤退。2003年に住友重機械マリンエンジニアリングが発足すると「中型タンカーNo.1」を掲げ、追浜の横須賀造船所で建造するアフラマックスタンカーへの差別化集中戦略を取りました。

【なんというデカさ…】これが横須賀造船所「最後の貨物船」です!(写真)

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