「わざわざ無くさなくてもねぇ」 2桁ナンバーの静岡“古豪バス”お別れへ 運転士や“名物広報”が語った36年の旅
大井川鐵道の古豪バスこと「静岡22き2617」の引退が迫っています。2026年2月、このバスで「乗る」「撮る」を堪能できるお別れツアーが開催されました。当日ハンドルを握ったベテラン運転士や同社の“名物広報”が、バスとの思い出を振り返りました。
「このバスに随分と助けてもらいました」
寸又峡温泉エリアでは撮影会や臨時バスとしての運行が行われ、参加者は乗る・撮るを自由に選べます。寄りや引き、ライトの点灯状況など参加者同士でリクエストを確認しながら穏やかに撮影が進んでいきます。
静岡県在住の参加者は「地元なので(このバスを)昔よく見ていましたよ」と懐かしそうな表情。一方、バスの保存活動にも携わる愛好家は、せっかくの機会ということで関西から駆け付けたとのこと。地域の足としての活躍から愛好家まで、幅広く親しまれてきたことがうかがえるエピソードです。
今回、古豪バスのハンドルを握ったのは丹羽島夫(にわ・しまお)運転士。大井川鐵道では10年以上バスの運転に携わるベテランです。
「お客さんが多くて急遽(きゅうきょ)増便する時や、他の車両整備などで運用に入った際にはこのバスに随分と助けてもらいました。わざわざ無くさなくてもねぇ」と目を細めながら語ってくれました。
また、運転について「細い山道では後続車に道を譲ります。待避スペースがバス1台分しかないので、後続車がいる状況で対向車とすれ違おうとするとお互い身動きが取れなくなってしまうのです」「昔は路線バスにも車掌が乗っていて、道が混んでいる時は道路に降りて誘導してもらいました。どれだけ走ってもらったことか……一番きつい仕事だったと思うよ」という、当地ならではのエピソードも。
このツアーには大井川鐵道の名物広報・山本豊福さんが同行し、軽妙なトークとともにバスの旅が繰り広げられます。
「入社して2年ほどした時、井川線のアプト式への切り替えとそれに伴う乗客増加を見込んでこのバスが導入されました。私はちょうどその頃に広報の業務を担当し始めたので、348号車は特に思い入れの深い車両です。導入とお別れ、いずれも携われるとは思ってもみませんでした」
熱のこもる口調に、その思いが伝わります。
地域の人々や運行に携わる関係者、愛好家まで多くの人に愛されてきた古豪バス。最後の時まで無事の運行を祈るとともに、参加者それぞれが長きにわたる活躍を労いながら帰路につきました。
Writer: 和田 稔(ライター・カメラマン)
幼少期、祖父に連れられJR越後線を眺める日々を過ごし鉄道好きに。会社員を経て、現在はフリーの鉄道ライターとして活動中。 鉄道誌『J train』(イカロス出版)などに寄稿、機関車・貨物列車を主軸としつつ、信号設備や配線、運行形態などの意味合いも探究する。多数の本とNゲージで部屋が埋め尽くされている。





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