特徴のなさこそ傑作の証 千葉に舞った名機DC-3、82年目の「デファクトスタンダード」

現代において「特徴がない」ことが意味することとは

 これよりのちに開発された旅客機はDC-3の特徴をもれなく盛り込むことになり、その結果として、DC-3はよくある平凡なスタイルの旅客機というイメージに落ち着くことになったのです。いわばDC-3が価値観を変えてしまったとも言えます。

 そして第二次世界大戦が終わると、余剰になった数千機のC-47が格安で民間に払い下げられ、世界中で航空路が切り開かれることになります。東側諸国におけるLi-2も同様です。いまの旅客輸送の祖がDC-3であると言っても過言ではありません。

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ソ連製のリスノフLi-2。DC-3をライセンス生産したものであり、旧共産圏で長らく使われた。写真はマレーヴ・ハンガリー航空で使用された機体。飛行可能(関 賢太郎撮影)。

 今回、飛行展示を行ったDC-3は、スイスの腕時計メーカーであるブライトリング社がスポンサードする機体であり、ワールドツアーの一環として日本に滞在中の機体でした。その生産年は1940(昭和15)年であり、比較的古い機体です。

 DC-3全タイプ総生産数1万6000機のうち、現在も飛行可能な機体は150機。一部メディアでは「150機しか残っていない貴重な存在」と紹介されているようですが、零戦さえ姿かたちの存在しなかった82年前に初飛行したこのDC-3が、いまだに150機飛行可能であり、また一部は商業飛行において現役なのですから、むしろ150機も残っていること自体がDC-3の傑作ぶりを証明する驚くべき事実だといえるのではないでしょうか。

【了】

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Writer: 関 賢太郎(航空軍事評論家)

1981年生まれ。航空軍事記者、写真家。航空専門誌などにて活躍中であると同時に世界の航空事情を取材し、自身のウェブサイト「MASDF」(http://www.masdf.com/)でその成果を発表している。著書に『JASDF F-2』など10冊以上。

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コメント

3件のコメント

  1. 出現当時のDC3の何が画期的だったって、フルメタルで平滑な機体や引き込み脚の他にも客席の床が前から後ろまでフラットで乗降性や積載性に優れてたことやね。ライバルのボーイング247は主翼の桁が室内に突出していた。

  2. 皮肉にもダグラス社は跡形もなく消えたのに。

  3. 機長!何するんですか!?