「エル特急」消滅へ 国鉄の面影がまたひとつ、役割薄れひっそりと

いまも「エル特急」グッズが登場するワケ

 原口さんによると、「エル特急」を国民に定着させることに「国鉄はやや苦戦したのではないか」と話します。それを物語る出来事として、列車の両端に掲出された「ヘッドマーク」の変化を挙げます。

「『エル特急』の登場当時、各列車のヘッドマークは白地に文字で列車名を書いただけのものでしたが、1978(昭和53)年にイラスト入りのものへ変更されました。たとえば常磐線の特急『ひたち』ならば偕楽園(水戸市)の梅など、その特急にまつわるイラストが描かれています。さらに国鉄は複数の酒造メーカーと協力し、これら特急のヘッドマークを缶などにあしらったビールや日本酒などをキヨスクで販売しており、私もずいぶん集めたものです。特急に親しんでもらう戦略だったのでしょう」(原口さん)

 現在でも「エル特急」のイラスト入りヘッドマークをあしらったグッズが多く登場していますが、これはそもそも、国鉄自身がそのようなコラボレーションを行ったことに端を発しているのかもしれません。

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エル特急「ひたち」。ヘッドマークには梅のイラストが描かれている(1989年、恵 知仁撮影)。

 ちなみに、JR北海道は「札幌~旭川間を走る特急『ライラック』と『カムイ』をあわせれば、基本的に30分間隔の運行となり、(両列車の始発駅である)札幌、旭川両駅の発車時刻も一部時間帯を除き毎時00分、30分に揃えられています。『エル特急』が示した理念の一端は受け継がれているでしょう」と話します。

【了】

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コメント

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3件のコメント

  1. 国鉄時代を伝える歴史博物館とか無いのか?

    • 期待はしない方がよいが、鉄道博物館の展示くらいかな。しかし、まだあったんだ。L特急。

  2. L特急の意味はいろいろあったんですねー。ちなみにその時は長い距離を走るからLがついてると信じてました。でも明確な意味はなかったんですね。