旅客機と戦闘機などが同じ滑走路「共用空港」のナゼ 茨城空港に見るその経緯や特徴

航空自衛隊と民間共用する茨城空港の場合

 2010(平成22)年に航空自衛隊の百里基地と民間共用化された茨城空港ですが、どのようなプロセスで共用化されたのでしょうか。

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百里基地との共用空港としてオープンした茨城空港(石津祐介撮影)。

 茨城空港によりますと、1993(平成5)年に茨城県の旧小川町(現:小美玉市)から地域活性化推進のため百里基地の民間共用化の要望書が県に提出され、計画がスタートします。地元からは地域振興対策として、「人・もの・情報」の交流拠点となるような施設整備を、空港建設と合わせて進めて欲しいとの要望があったといいます。

 そして県は「百里飛行場民間共用化可能性調査」を実施し、1995(平成7)年に「百里飛行場民間共用化構想」を発表します。2000(平成12)年には、旧運輸省において事業着手のための事業費が予算化され、航空整備法施行令改正により共用飛行場として指定されます。2007(平成19)年には新滑走路工事が開始され、計画から17年後の2010(平成22)年3月11日に、茨城空港が開港します。

 共用化に際しては、防衛省と国交省により滑走路維持管理、管制業務、エプロン誘導など効率的な各種運用に向けた役割分担などについて協議され、県側では、空港ターミナル施設、駐車場など周辺環境整備や二次交通などの旅客利便性に対応したということです。また、訓練など基地の本来業務と民航機の運航計画の双方を担保するための調整作業が行われました。

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コメント

2件のコメント

  1. 聞いた話。
    茨城空港に赤地に黄色い星5個の旗の国の飛行機が着陸してくると、空自の格納庫のシャッターが閉まるらしいw

  2. そのへんの「聞いた話」って草も生やさず、こころの中にとどめて置く方がいいと思うんだ、うん。(空自もスクランブル発生の場合の必要上、スプリングエアの離発着だけでシャッター明け閉めするほどそこまで暇じゃないし)。まぁ那覇はぼちぼち軍民分離してもいいと思うんだよな。自衛隊機のアクシデントで嘉手納降ろされたものの一歩も出られず那覇開くまで待たなきゃならん→那覇でやっと降ろされる、てのは可哀想だと思うよ?