装甲車、警察はなぜ自衛隊のものを流用しないのか 独自開発を必要とした理由(写真15枚)

警察の装甲車はココが違う

 それに対して警察用の装甲車は、基本的な運用は整備された街中であるため装軌式は存在せず(一部海外で運用例がある)、防御力は猟銃や拳銃、せいぜいライフルや短機関銃クラスまでに耐えられれば良いので、避弾径始(装甲を傾け、おもに徹甲弾などの対戦車砲弾をはじいて逸らすこと)を考慮したり、装甲を増設したりするようなことは行われません。

 むしろ運転のしやすさや使い勝手を考慮し、基本的には窓を大きくとり、威圧感を軽減するために迷彩などは施されません。

 また暴徒との近接行動を考慮しているため、車体底部に爆発物や火炎ビン、障害物などが投げ込まれないようにグランド・クリアランス(車体底部と地面のあいだ)は極力なくされ、タイヤは角材や鉄パイプが挟まれないようにガードが付けられるなどしています。さらに、車上に登られないよう、側面は垂直に近い構造とし、足や手をかけられそうな突起もありません。装備品や乗員の携行品は車内に収容するようになっています。

 ただし暴徒が構築した障害物ぐらいは突破できないといけないため、足回りは基本的には4×4の全輪駆動です。

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警視庁の小型警備車。常駐警備車よりも小回りが利く。不審車に対する壁、警官には盾になるよう車体は装甲板の溶接構造。暴徒が登れないよう突起がない(柘植優介撮影)。
警視庁の常駐警備車。重要防護施設の常駐警備で用い、バリケードの役割もあるため壊れやすい赤色灯は埋め込み式。不整地走破は重視されておらず背も高い(柘植優介撮影)。
現在の特型警備車。車体上部にある銃眼付きの装甲板を起こした状態で機動隊員が立っている。人員輸送よりも防御力を優先しているが、不整地走行は苦手(柘植優介撮影)。

 ちなみに1970年代の学生運動が華やかなりしころには、「F-7型特型警備車(以下F-7)」という軍用と見まがうばかりの本格的な装甲車が警視庁に導入された例もありました。

 本車が開発されたきっかけのひとつには、1972(昭和47)年に起きた浅間山荘事件があります。というのも同事件において、当時最新の防弾装甲車であった「F-3型特型警備車(同F-3)」が出動したのですが、これはトラックシャシーに防弾ボディを被せただけのもので、足回りはトラックそのままであったことから、その大柄な車体や前述したグランド・クリアランスをなくしたことによる弊害もあり、未舗装路や山道などの不整地走破能力に限界を生じてしまったからです。そうした開発経緯のため、警察用装甲車ながら、障害物の超越能力や軟弱地の走破能力を高めるために、自衛隊の演習場で走行テストを行ったほどでした。

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コメント

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4件のコメント

  1. F-3型は栃木県警で余生を送ってたそうだけど、引退ですか。
    警察博物館で保存してほしいな。
    あさま山荘事件のときに猟銃で撃たれた跡があばたのようになっていたそうで、銃というものの恐ろしさの教材にもなるでしょう。

    アメリカの事情にも触れられているけど、MRAP等の払い下げは警察力の過剰化との批判もあるらしい。

  2. 簡単に言えば、「警察官」と「自衛官」は違うのと同じ

  3. 「学生運動が華やかなりし頃」

    何が華やかなの?
    ただの暴動行為でしょ
    身勝手な話ですわ

  4. 配信を停止してください