ダムが作り出した「秘境駅」 飯田線の山岳地帯に息づく物語を訪ねて

生きている人、生きている施設

 聞けば、この為栗駅から山を1時間ほど登った先でおばあさんが一人、仙人のような生活をしているそうだ。宿泊もできるらしく、おばちゃんたちは、ひと晩そこに滞在してきた帰りとのこと。さらに会話を続ける。

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キャンプ場のそばを流れる和知野川。親子連れが水遊びに興じていた(2018年8月21日、蜂谷あす美撮影)。

「あそこまで、車で来たの」

 指の示す方向は、つり橋の対岸。先ほど見かけた車だった。おばちゃんたちは私が列車で来たことを知り、驚いていた。

 11時40分、折り返すようにして天竜峡行きの下り普通列車に乗り込む。20分ほど揺られて12時2分、金野駅で下車した。

 為栗駅には最寄りの観光名所を示す案内板があったが、この駅には、そういったものはいっさいない。過去に訪問した人たちのルポを見ていると、駅前に朽ち果てた駐輪場があると記述されていたが、それすらなかった。ただ、天竜川の支流である米川が、木々の隙間から見えるだけだ。

 何もない。しかしそれでも道はある。米川橋を越えると、どこに続くともわからない林道に突入した。キリのいいところで引き返そうと思いながら惰性で1kmちょっと進んでしまう。すると草むらの中に家屋が。ただし、廃屋だった。さらにそこで道なりに右折をしてみる。あ、畑。あと、歯磨きをするおじさん。「こんにちは」と、あいさつを交わす。

 夫婦で宿泊施設を運営している方だった。この土地に惹(ひ)かれて関東から移住してきたらしい。秘境駅めぐりにはおあつらえの宿がこんなところにあったのか……。もう少し調べておけばよかったかな。

 帰路、豊橋に向かう列車のなかで、緊張の糸が切れた私はよく寝た。「秘境」とはいうけれど、本当に人里から離れている駅は、それほど多くない。仮に離れていても、程度の差こそあれ「ちょっと歩けば」生きている人、生きている施設に出会うことができる。

 いまは秋。今度は紅葉をめでながら「生きた秘境駅」を巡ってみたいと思う。

【了】

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