京急バスの「ドル箱路線」、かつては鉄道の計画も 「京急武山線」なぜ実現しなかった?

実現しなかった鉄道、いまも残る痕跡

 戦後経済が混乱期から成長期へと移り、武山線の周辺にも開発の波が押し寄せます。特に林地区などでは大幅に人口が増えていきましたが、開発のさなかにあった1966(昭和41)年に、京急は武山線の免許を取り下げました。もともとの計画が単線(線路1本)で、建設したとしても高頻度運転で採算を取ることが難しかったうえ、国鉄線に接続するため、自社路線の乗客を増やす意義が薄かったのです。

 また京急としても、当時は久里浜線の延伸(京急久里浜~三崎口)と沿線開発を優先しました。免許取り下げ時における国への申請には「諸路線の竣功後は直ちに本区間を再計画したい」と書き添えられましたが、現在に至るまで再申請はなされていません。

 武山線の用地は、一部が県道26号線の拡張に使われました。丘陵部を貫く「衣笠トンネル」「金子トンネル」は、県道拡張の際に武山線の未成トンネルが転用されたものといわれます。かつては、このほかにも橋台などが残っていましたが、開発によって姿を消しました。

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衣笠十字路待合所(2018年8月、宮武和多哉撮影)。

 京急にとって県道26号線のバスは「ドル箱路線」ではありますが、2015(平成27)年に横須賀市がまとめた「横須賀の将来予測と対応すべき政策課題の研究」によると、市内では1990年代初頭からの約20年間で鉄道は2割、バスは4割程度、利用者が減少しています。何より横須賀市自体の人口減少が顕著で、2018年には約40年ぶりに40万人を下回りました。

 市としては、増加する高齢者の交通事故や、道路渋滞を防ぐ観点からも、マイカーから公共交通への転換を促したい立場にありますが、鉄道の駅から遠い半島の西側地区は特にマイカー利用率が高く、その需要を受け止める市内東西交通の不足を指摘しています。

【了】

【地図】京急バスの「ドル箱」県道26号線と武山線計画

Writer: 宮武和多哉(旅行・乗り物ライター)

香川県出身。鉄道・バス・駅弁など観察対象は多岐にわたり、レンタサイクルなどの二次交通や徒歩で街をまわって交通事情を探る。路線バスで日本縦断経験あり、通算1600系統に乗車。ご当地料理を家庭に取り入れる「再現料理人」として国民的アイドルに料理を提供したことも。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅」など。

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コメント

2件のコメント

  1. 武山の人たちは確かに横須賀中央に向かう人が多いですが、
    林の人たちは新逗子・逗子に向かう人が多いです。

    逗子の方が距離は遠いですが道路環境が良く、横須賀中央と逗子ではバス所要時間に大差なく、横浜・東京への所要時間が逗子経由の方が電車の距離が短い分早いためです。

    おそらく長井は逗子と横須賀中央、半々くらいだと思います(もっとも佐島まで行けばほぼ逗子です)。

    山科台などの途中の団地発着のを足してあたかも多いとか言われても説得力に欠けます。地元を理解してください。地元をお遊びのコマに使わないでください。不快です。

    • 元地元民ですが、地域の閉鎖性にウンザリしました。
      ここ最近の人口の急速な減少も、半島という地理もありますが、
      やはり閉ざされた環境というのも大いにあるかと思います。
      もし仮に開通していたら、他所から人口が流入してきて、
      少しはマシになったかもしれないと想像します。