航空機から飛び出す「空挺降下」というお仕事 陸自の精鋭部隊、配属までの遠い道のり
空挺降下の先にあるものと、それを支える人たち
空挺部隊に配属されたのちも、もちろん、こうした降下訓練は続きます。無事に降下した隊員たちは、自分が使用した落下傘を回収して、集積所に持ち運び、その後に一般部隊が行っているような訓練を行います。これはつまり、空挺部隊はただ単に航空機から降下してその行動が終わるわけではないからです。彼らからすると、降下は移動手段のひとつであって、達成しなければならない任務は降下後に待ち構えているのです。
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こうした空挺降下を支える部隊としては、たとえば「降下誘導小隊」と「落下傘整備中隊」などが挙げられます。こちらも、第1空挺団隷下の部隊です。
「降下誘導小隊」は、陸上自衛隊の中でも空挺団にしかない小隊で、ごく少数の隊員が高高度から降下予定地域へ先行して隠密裏に降下し、主力部隊が安全に降下できるよう周囲の安全を確保するなど受け入れ準備を整え、航空機を誘導するのが任務です。彼らは「自由降下傘」と呼ばれる、一見するとパラグライダーなどで使うような角型のパラシュートを使用した「自由降下」(航空機から飛び出すと同時に落下傘を展開する「空挺降下」に対し、飛び出してから任意のタイミングで展開すること。より隠密、ピンポイントに降下できる)で展開しますが、この自由降下ができるのは降下誘導小隊と「偵察中隊」、「情報小隊」などのごく限られた隊員だけとなります。
「落下傘整備中隊」は、使用された落下傘を回収して、次の降下の際に確実に使えるように、落下傘の整備を行う部隊です。整備中隊の隊員として認められるには、正確な落下傘の畳み方などを学んだ後に、自分で畳んだ落下傘で自ら5回降下しないと、他人が使う落下傘の整備を請け負うことができません。それだけ責任のある仕事というわけです。
こうした部隊に支えられて行われる空挺降下ですが、毎年1月、習志野演習場において、その訓練の様子が一般に公開されています。
【了】
※一部修正しました(2019年7月31日11時20分)
Writer: 武若雅哉(軍事フォトライター)
2003年陸上自衛隊入隊。約10年間勤務した後にフリーフォトライターとなる。現場取材に力を入れており、自衛官たちの様々な表情を記録し続けている。「SATマガジン」(SATマガジン編集部)や「JWings」(イカロス出版)、「パンツァー」(アルゴノート)などに寄稿。
航空自衛隊にも、空挺・レンジャー隊員がいます。
航空救難団に所属する救難員(通称:メディック)です。
全員ではありませんが、救急救命士の資格保有者もいます。
第一空挺団は習志野市ではなく、船橋市薬円台では
永田 真人 様
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
乗りものニュース編集部です。
このたびはご指摘をいただき、誠にありがとうございます。
修正いたしました。
これからも変わらぬご愛顧を賜りますよう、
何卒よろしくお願い申し上げます。
もうすぐ夏祭りですね。楽しみにしています!
前期教育中に空挺団の勧誘あったなぁ!
中隊で7名のワクに俺含めて29人志願、俺最初の全身レントゲンでの骨格審査で、線が細いのでダメと一選抜落選した。
まぁ、そんなのでも選抜射手つまり準特級には射撃検定は合格したなぁ。
射撃で真に難しいのは、撃ち下ろしでの初弾必中
懐かしいなー!落下傘整備中隊に所属したました。この中隊も自衛隊の中では希少価値高目、空自にも班単位は存在するみたいですが中隊規模で唯一空挺団に補給の恩恵を与えられるロジスティクスに特化した部隊でしたよ。降下誘導小隊と共に日本で唯一無二