ここ飛行場だったの!? 激変した東京近郊飛行場跡5選 いまは公園だったり川底だったり

かつて東京の周辺には、多くの飛行場が置かれていました。そのまま飛行場として存続したものもありますが、そのほとんどは、ほかの用途に転用され姿を変えてしまっています。普段目にする場所が、以前は滑走路だったかもしれません。

日本の航空発祥の地にも

 飛行場だったときの面影を残す場所もあります。

千葉県松戸市、松戸駐屯地

 柏市のお隣、松戸市にも飛行場がありました。「松飛台」という地域で、北総鉄道の松飛台駅もあります。ここには、1940(昭和15)年3月に当時、郵便航空などを担っていた逓信省航空局の開設した飛行場がありました。しかし1944(昭和19)年9月に陸軍の管轄となり、戦闘機部隊が配置されました。

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千葉県松戸市の松戸駐屯地に残る、飛行機用大型格納庫(2012年10月、柘植優介撮影)。

 1945(昭和20)年の終戦によってアメリカ軍に接収され、その後、鉄道教習所として使用されます。そして1952(昭和27)年7月に陸上自衛隊の前身である保安隊の駐屯地となり、現在に至ります。なお駐屯地として使われているのは、飛行場跡地の約4分の1で、残り4分の3は住宅地や工場用地として民間に払い下げられています。

 ちなみに、松戸駐屯地には戦時中に建てられた大型倉庫があります。元々は航空機の格納庫で、現在も補強して使用されています。

埼玉県所沢市、所沢航空記念公園

 埼玉県所沢市にある所沢航空記念公園は、最寄り駅の西武新宿線航空公園駅前にはYS-11旅客機が展示され、公園内に「航空発祥記念館」もありますが、元飛行場であった面影はあまり感じられないかもしれません。

 ここは、1911(明治44)年4月1日に旧日本陸軍の所沢飛行場として開設された、日本で初めての飛行場です。第2次世界大戦終結までの30年以上にわたって陸軍航空部隊の中核として使われていました。

 1945(昭和20)年8月の第2次世界大戦終結以降は、アメリカ軍に接収され、在日米軍基地として用いられたのち、段階的に日本へ返還されています。しかし、いまだに米軍基地は残されており、公園や団地、防衛医科大学校、東京航空交通管制部などが基地を囲むように所在します。

【地図】東京近郊の飛行場跡地と現存する飛行場

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コメント

1件のコメント

  1. 横浜・根岸の水上飛行機のための飛行場というか水面を紹介して欲しかった。

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