鉄道車両メーカーがステンレスで飛行機を作ったら? RB-1「コネストガ」の挑戦と顛末

自社技術にこだわった独自開発が裏目に

 ステンレス輸送機の開発は1942(昭和17)年8月から始まりましたが、試作機が完成する前にアメリカ海軍から200機の注文が入ります。これを追うかたちで、陸軍からも600機の発注がありました。

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双発エンジン式のRB-1「コネストガ」。ちなみに愛称の「コネストガ」とは、西部開拓時代に用いられた大型の幌馬車のこと(画像:アメリカ海軍)。

 試作機は1943(昭和18)年に完成し、同年10月31日に初飛行したものの、バッドは航空機の生産に関して明らかに経験不足でした。

 しかもステンレス製の飛行機など、従来の航空機メーカーにもないノウハウであり、他社の協力を仰ぐこともできません。自社技術で独自に飛行機を開発したのが完全に裏目に出てしまいました。

 加えてアメリカ国内では、アルミニウム不足が深刻になることもありませんでした。半年後の1944(昭和19)年3月に、バッドはアメリカ海軍へ生産機を引き渡し始めましたが、この頃には太平洋戦線とヨーロッパ戦線の両方で、連合国側勝利の道筋が見えるようになります。

 その結果、まずアメリカ陸軍の発注分600機がキャンセルになります。アメリカ海軍向けの200機も、26機完成したところで残りすべてがキャンセルになり、しかも完成機のうち海軍に引き渡されたのはわずか17機で、残りは民間に売却されることになりました。

 アメリカ海軍は「コネストガ」をRB-1の型式名で運用したものの、実戦投入はせず、1945(昭和20)年8月に戦争が終結すると、余剰機体として早々と民間に払い下げました。

 なお完成した機体は、ステンレス車両とまさに同じく外面は無塗装で銀色の状態であり、波模様のようなスポット溶接の跡が全体に入る、それまでの飛行機とは違う外観でした。

 RB-1「コネストガ」は、あまりにも自社技術にこだわり過ぎると、かえってガラパゴス化してしまうという教訓なのかも知れません。

【了】

【写真】輸送機としての構造は先進的だったRB-1

Writer: 柘植優介(乗りものライター)

子供のころから乗り物全般が好きで、車やバイクはもちろんのこと、鉄道や船、飛行機、はたまたロケットにいたるまですべてを愛す。とうぜんミリタリーも大好き。一時は自転車やランニングシューズにもはまっていた。

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コメント

1件のコメント

  1. wikipediaを訳したような凡庸な記事でしたが、米海軍より払い下げを受けたRB-1がその後世界最大の貨物航空会社となるFTL: Flying Tiger Lineの黎明期を支えた名機であった事実を記載頂きたかったと思います。(御存じなければライターとして勉強不足かと)