枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)の記事一覧
Writer: 枝久保達也(鉄道ライター・都市交通史研究家)
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(2021年 青弓社)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter:@semakixxx
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長さ36km「私鉄の京葉線」構想が存在した! ディズニーとセットで進んだ新線計画、“空港直通”も視野!? その?末とは
かつて京成電鉄が、東京ディズニーランドのある京葉線エリアに鉄道路線を構想し、実際に免許を出願していたことがありました。この「京成版京葉線」とも言うべき計画は、どのようなものだったのでしょうか。
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浦和+東西南北中武蔵美園 「浦和の付く駅」ありすぎ問題 なぜここまで増えたのか もっと個性的な名前にならなかったの?
さいたま市には「浦和」の付く駅がたくさん存在します。オリジナルの「浦和」や方角の東西南北は当たり前。武蔵、中、美園も加えると実に8種類も。なぜ、「浦和」の付く駅がこのように増えてしまったのでしょうか。
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いつでも「ホームに人があふれてます」 見放され続ける大混雑ターミナル駅いつ変化 兆しはあるが望み薄? 高田馬場の憂鬱
JR山手線の高田馬場駅は、利用者が多いわりに駅構内が狭く、いつも混雑しています。抜本的な対策はいくつか浮上していますが、変化は訪れるのでしょうか。
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「夢の超特急」は信用できなかった? 安全・正確をつくった開業前後の苦闘と「1時間の余裕」
今や東海道新幹線は、日本の三大都市圏を結ぶ大動脈の役割を日々果たしています。しかし当初から順調だったわけではなく、開業前後には懐疑的な意見や多くの困難がありました。
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「新幹線で荷物が送れます」なぜ一度消えた? “はこビュン”より前に「国鉄」が行った輸送サービスとは
JR東日本の「はこビュン」など、新幹線を使った輸送サービスは国鉄時代から存在します。しかし、一度このサービスが消えてしまったのはどのような事情があったのでしょうか。
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「ここに理想とする高層アパートを建ててください」 山手線の車両基地がある街から実現した都市構想とは
東京の大井町にあるJR東日本の「東京総合車両センター」は、国鉄時代に鉄道の収容数を増やすことを目的として建設されました。隣には国鉄職員用の12階建て宿舎用アパートが建てられましたが、これは都心の高層化の先駆けともいえるものでした。
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中央線を「東京駅から先」へ延ばす!「プチ山手線化」案に「南北2ルート化」案!? マジメに計画された奇策の“なれの果て”とは?
輸送人員が増加の一途をたどり、このままではマヒ状態になると予測された東京の中央線。なんとかして乗客を運ぼうと、都心を目指す「追加の路線案」が複数模索されたことがありました。
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「列車から電話」昭和時代はどうしてた? 面倒だった「公衆電話以前」 金額も超高額!
携帯電話の普及により、新幹線の公衆電話は2021年6月にサービスが終了しました。かつて重要な役割を担った鉄道の電話には、どのような歴史があったのでしょうか。
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「確執」の歴史? 東武と京成の乗換駅「名前バラバラ」の謎 どっちが由緒正しいのか
東武伊勢崎線の牛田駅と京成本線の京成関屋駅は、乗り換えが簡単な至近距離にありますが駅名が全く違います。なぜでしょうか。路線と地名の歴史を遡って考えます。
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幻の地下鉄直通案も!? 「京葉線」のターミナルが結局“遠すぎる東京駅”に決まったワケ
貨物線として構想された京葉線は、その後の沿線の開発計画や社会情勢の変化にあわせて計画も変容していき、結局は貨客併用で開業しました。ターミナルの位置や地下鉄有楽町線との関係などが現在の形に決着するまで、どのような経緯があったのでしょうか。