旧日本軍の記事一覧
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助けに行ったら自分も漂流!? 終戦間際の日本に墜ちた米軍パイロット「救出作戦」の顛末 どうやって助けたのか
太平洋戦争末期、日本本土で不時着水した米軍パイロットの救出ミッションが展開されていました。今回紹介する1か所は終戦間際に行われた「最後の本土空襲」の出来事。危険極まりない敵地で米軍が強行した命知らずのミッションを追います
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ムフフ♪「ラブラブトンネル」実は旧日本軍の“要塞” いろいろな意味で生々しいその痕跡
かつて旧日本軍の拠点だった台湾の高雄に残る要塞の跡を探索。相当な力を込めて山中に要塞を築き上げたことが伺えますが、今や地元っ子のあいだでは別の意味での“名所”に。そこは戦時の記憶と今が生々しく交錯する場所でした。
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「気球乗れるなら飛行機もいけるでしょ!」日本の航空部隊の意外な“始祖”とは?
ライト兄弟によって人類初の動力飛行が成功すると、その技術は世界各国で研究がすすめられました。日本も同様で欧州列強を追いかける形で研究しますが、当初操縦するパイロットは“工兵”扱いでした。
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「死の鉄道」今や観光地に 旧日本軍が作った泰緬鉄道80年 壮絶な犠牲で生まれたローカル線
2023年10月、泰緬鉄道が開通して80年を迎えました。現在のタイからミャンマーにかけ、旧日本軍が陸上補給路して敷設した路線です。多大な犠牲を払い開通した鉄道は今、両国で異なる顔を見せています。
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ジャマだし重い!「下駄を履いたゼロ戦」なぜ必要だったのか 日本軍が抱えた「仕方ない理由」とは
旧日本海軍は水上戦闘機という、当時でも既に絶滅危惧種となっていた機種を第二次大戦中に重視し量産しました。一体どのような戦果を期待したのでしょうか。
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プロペラの裏からズドドドド なぜ可能? 零戦などの機銃が「プロペラを撃ち抜かない」仕組みとは?
今から80年以上前に始まった第二次世界大戦では、まだ戦闘機はプロペラ機が主流でした、これらレシプロ戦闘は機首部分にプロペラがありそのすぐ後ろに機関銃がありました。なぜこの構造でプロペラを撃ち抜かったのでしょう。
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迅速・お手軽・頼りになる! 旧陸軍「九八式直接協同偵察機」が初飛行-1938.4.20 万能すぎて練習機にも
1938(昭和13)年4月20日、九八式直接協同偵察機という偵察機が初飛行しました。同機は旧日本陸軍の先進的な偵察思想のために作られ、現地部隊の直接協同(連携)に主眼を置いた世界的にみても画期的な偵察機でした。
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バラストの代わりに金の延べ棒!? 本当にあった米潜水艦の“金銀輸送” フィリピンで決死の脱出劇
フィリピンにまつわる財宝の話はいくつかあります。有名なところでは「山下財宝」なる都市伝説でしょうが、現実に金塊の脱出劇がありました。アメリカ潜水艦による金銀の極秘輸送任務についてひも解きます。
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零戦じゃない…? 岐阜の博物館にある謎のレプリカ機 『風立ちぬ』の技師が生んだ幻の世界水準機だった
第2次大戦中の日本軍戦闘機で最もよく知られた存在でもある零戦は、実機と原寸模型あわせ複数が日本各地で保存。しかし、零戦に似て非なる存在の世界唯一のレプリカが岐阜県の航空宇宙博物館で展示されています。
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ハワイ真珠湾攻撃が失敗したかも!? 旧日本軍・大本営が震撼 民間旅客機墜落事件の顛末
太平洋戦争勃発直前の12月1日、戦う前にアメリカやイギリスに作戦計画が漏れる危機がありました。なんと支那派遣軍総司令部の作戦命令書を乗せた航空機が台湾を離陸後、中国国民党政府の勢力圏付近で消息を絶ってしまったのです。