戦艦「武蔵」建造を支えた「給兵艦」とは? その名は「樫野」 運んだのはあの46cm砲!

戦艦「武蔵」は長崎で建造されましたが、その巨大な主砲は呉で造られ、そして計画当初、長崎へ運ぶ手段がありませんでした。というわけで専用の運搬船「樫野」が建造されることに。日本海軍の歴史を陰で支えたとあるフネのお話です。

「樫野」の本来任務はたった3回

 最初の輸送任務は1941(昭和16)年10月3日から始まります。呉で「武蔵」用砲塔部材を積み込み5日に長崎造船所へ到着しました。2回目は10月28日に呉を出港し29日に長崎着。3回目は11月18日に呉を出港し20日に長崎着。これで「武蔵」用の3つの主砲塔を輸送する「樫野」の任務は終わりました。

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「武蔵」が1942年8月に竣工した際に撮影された前部砲塔。砲塔1基で2510tもあり、46cm砲輸送専用艦「樫野」が3基の砲塔を1基ずつ運んだ。

 続いて「樫野」は、3番艦「信濃」の建造支援に就くはずでした。しかし、太平洋戦争が始まると様相は一変します。大艦巨砲主義時代に日本海軍自らが幕を引いたのです。「信濃」は1940(昭和15)年5月4日に横須賀海軍工廠で起工されていましたが、工事は中断され戦艦として完成させる見込みがなくなります。

「樫野」も本来任務が無くなり、普通の運送艦として内地や南方輸送で使われます。砲塔を収める無駄に大きい三番ハッチは必要に応じて塞がれたようです。その最期は、1942(昭和17)年9月4日、台湾北方でアメリカ潜水艦「グロウラ―」からの雷撃で沈没というもので、運用期間2年という短さでした。ちなみに「樫野」の全体像の写真は現存しないとされています。

 呉で完成していた「信濃」用の7本の46cm主砲身は、「樫野」喪失により横須賀へ運ぶ手段がなくなり、戦艦としての「信濃」の建造は事実上、不可能になります(もっとも、「信濃」の空母への改装は1942年7月に決定済)。その「信濃」も空母への改装中途で失われ、砲塔部材のみが呉に残されました。このうち主砲身2本はアメリカ軍が押収していますが、ギネス級の巨砲もすでにさしたる関心を引かず、試射もされることなくスクラップにされています。

【了】

【写真】全体写真が残存しない「樫野」の貴重なショット

Writer:

1975(昭和50)年に創刊した、50年以上の実績を誇る老舗軍事雑誌(http://www.argo-ec.com/)。戦車雑誌として各種戦闘車両の写真・情報ストックを所有し様々な報道機関への提供も行っている。また陸にこだわらず陸海空のあらゆるミリタリー系の資料提供、監修も行っており、玩具やTVアニメ、ゲームなど幅広い分野で実績あり。

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