二輪大国イタリア「オートバイで装甲車」作る 速さと小回り両立 廃れた理由はごもっとも?

やっぱり普通が一番! 泡と消えた特殊装甲車の開発

 しかし路上での機動性こそ良かったものの、不整地や砂地などの悪路走破性能はいま一歩であったため、設計をやり直してカプロニ社で新たに試作2号車が製造されました。

 試作2号車はホイール径を大型化してサスペンションを強化、1号車では縦長の小ハッチ10枚で構成されていた正面ハッチは、防弾ガラス製の窓ふたつに変更されています。また無武装だった1号車とは違い、2号車では8mmブレダM38型車載機関銃1挺も搭載され、それに伴い戦闘室内の容量も少し拡大されていました。さらに機関銃座の増設により、天井のハッチも1枚から左右2枚に構造変更されました。

 改良の結果、悪路走破性も改善が認められて最高速度も86km/hを記録、前述のCV33を始めとした一連の装軌式豆戦車を置き換える、安価で高速な装輪式装甲偵察車として期待されます。

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左側面から見た「ヴェスパ・カプロニ」4輪装甲車の試作2号車。ダークグリーン単色で塗られ、横幅の割に縦に長い形状がわかる(吉川和篤作画)。

 しかし同時期に、ランチア社においてイギリス製のダイムラー4輪装甲車「ディンゴ」をコピーした「リンチェ」(オオヤマネコという意味)装甲偵察車が開発されます。こちらはオーソドックスな4WD構造で、手堅い設計ながら高い機動性を有し、かつ信頼性も高いというメリットを有していました。そのため、こちらが1943年2月に制式採用されてしまい、結局、世界的にも特異な形状の装輪装甲車は幻に終わったのでした。

【了】

【写真】オートバイ原型の装甲車「機関銃付き」の姿/結局選ばれた4WD装甲偵察車

Writer: 吉川和篤(軍事ライター/イラストレーター)

プロフィール:1964年、香川県生まれ。イタリアやドイツ、日本の兵器や戦史研究を行い、軍事雑誌や模型雑誌で連載を行う。イラストも描き、自著の表紙や挿絵も製作。著書に「イタリア軍入門」「戦場の八九式中戦車写真集」など。

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コメント

1件のコメント

  1. 速水螺旋人氏のインチキ(ほめ言葉として)戦記に東南アジア某国が日本から輸入したオート三輪を装甲化して格安装甲部隊を創設した作品があったのを思い出した。