空挺+戦車=最強! とはいかなかった「空挺戦車」 なぜ開発され廃れていったのか

一方そのころソ連でも空挺戦車が開発されて…

 一方、ソ連軍は戦車を空から運ぶ方法を第2次世界大戦前から研究しており、一部の戦車は爆撃機の飛行翼に取りつけられたり、アントノフ KT-40のような滑空する翼をつけた戦車なども開発されたりしていました。1950年代から1970年代にはそれらをさらに発展させた空挺戦車が考えられ、ASU-85空挺戦車のように輸送機で運ぶタイプの車両のほか、戦車的な役割をする車両で空中投下が可能なASU-57空挺対戦車自走砲や、BMD-1のように空中投下が可能な装甲車も開発されました。

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1986年に撮影されたソ連軍のBMD-1(画像:Public domain, via Wikimedia Commons)。

 ただ、アメリカ軍と同様に装甲の脆弱さなどは解決できず、空挺戦車としては短命に終わりました。しかし、空中投下が可能な装甲車として開発されたBMD-1に関しては、実戦でのデータも得つつ1980年代にBMD-2、1990年代にBMD-3と続き、現在も最新鋭のBMD-4が1000両近く配備されています。

 なお、BMDシリーズ全てが空中投下可能となっていますが、故障などを考慮して、実戦で空中投下使用されたことはなく、いずれも地上部隊が周辺の安全を確保してから空輸されています。

 冷戦終結後、大規模な空挺作戦の起こる確率はほぼなくなり、戦車は空中投下より、戦地近くの基地に直接空輸した方がよいという結論になりました。アメリカ軍では「シェリダン」以降、空挺戦車の後継車両開発がストップし、ソ連崩壊後のロシアでも、空挺部隊車両として装甲車が残ったのみで、以降、空挺戦車の開発はストップしています。

 未来のことはどうにでも言えますが、もし、創作物のような特殊な強度の高い軽量素材が開発されれば、再び空挺戦車が注目される機会もあるかもしれませんね。

【了】

【写真】いっそ戦車に翼をつけたら…を実際にやろうとしたアントノフKT-40

Writer: 斎藤雅道(ライター/編集者)

ミリタリー、芸能、グルメ、自動車、歴史、映画、テレビ、健康ネタなどなど、女性向けコスメ以外は基本やるなんでも屋ライター。一応、得意分野はホビー、アニメ、ゲームなどのサブカルネタ。

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コメント

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4件のコメント

  1. 日本の空挺部隊はクーデターへの対応が主たる任務でしょうから、そこまでの装備は必要ないのですかね…

  2. パレンバン降下作戦は、日本陸軍によるものです。

  3. まぁ輸送機の輸送能力があるから限界があるし輸送方法も限られていて二重苦状況で、そこに故障率が絡んでくるから”空挺”戦車はそう簡単に使えないし、作れないわな。
    まぁアメリカもM551の後継としてM8 Armored Gun Systemを開発して制式化されているけど、能力・性能の問題で導入されてないし、一方でイラク戦争でノーザン・ディレイ作戦で人員は空挺降下しかけど、空港を確保して機上のドラゴン作戦でM1エイブラムスやM2ブラッドレーを送り込んだけど、数も少ないから空挺攻撃にも限界があるわな。

  4. 私の父は陸軍落下傘部隊でパレンバン降下しました。