「ぺろハチ」だと? 形勢逆転 日本機キラーと化したP-38「ライトニング」米軍エース愛用
「ぺろハチ」から「日本機キラー」へ大変身
初期型のP-38「ライトニング」戦闘機には、旋回性の悪さや、衝撃波による振動を起こしやすい、片方のエンジンが故障した際に機体が横転し墜落しやすいなどの欠点があったため、運動性に優れる日本軍戦闘機にドッグファイト(近接格闘戦)へ引きずり込まれると、きわめて歩の悪い戦いとなることが多々ありました。
しかし、機体特性に起因する欠点は、メーカーが改良を加えることで少なくなり、加えてパイロットが空中戦を重ねるなかで日本機に勝る長所を理解するようになったことで、徐々にP-38「ライトニング」は日本機に勝つようになっていきます。加えて日本軍側において、練度に劣る新米パイロットが増えていったことで、形勢は逆転するようになったのです。
ターボ・チャージャーを備えているため、高高度空域でもエンジン出力が低下せず、重い機体を利用して垂直面でのヒット・アンド・アウェー戦法でP-38「ライトニング」が戦うようになると、運動性だけに依存した日本機は次第に劣勢に追い込まれていきました。
例えば、上空から日本機を発見すると、緩降下で速度を上げながら一撃を仕掛けます。これで撃墜できない場合は、降下によって得た速度を利用して日本機から離脱しつつ上昇。もう一度上空から同様の攻撃をするのです。
このとき、深追いをしてドッグファイトになると、日本機にやられてしまう可能性もありますが、スピードだけならP-38「ライトニング」の方が速いので、いざとなったら速度を上げて交戦空域から離脱することもできます。これはつまり、空戦での主導権を握れるということであり、「ライトニング」乗りでこの見きわめが上手くなった者は、撃墜スコアを重ねることができました。
子供の頃そんな形の飛行機が飛んでいた。廿(二十)の飛行機と呼んでいた。
アメリカのエースパイロット2位のトーマス・マクガイアは日本陸軍の戦闘機 隼との空戦で4:1の勝負に敗れて戦死した。隼4機:P-38 1機では無い。P-38L 4機:隼1機の圧倒的優勢化でだ。
一説によると大戦終結前に功を焦ったマクガイアは、敵を挑発する様にP-38の不得意な低空で飛行を行ったと言う。
隼は大戦初期に実用化された戦闘機で、改良型とはいえ低速、武装の貧弱な旧式機だった。それでも低空での旋回性能は抜群で、アメリカのパイロット達は絶対に格闘戦を挑んではいけない機体と教えられていた。
マクガイア本人も部下には常々厳しく言い聞かせていたが、この時は機数の優勢で敵を侮り2機撃墜という信じられない敗北となった。実際は途中から4式戦の支援(新人でマラリアに感染、しかも搭載した爆弾の投棄を忘れたまま戦った)があったとはいえ、機体の特性を無視した戦いを挑んだ結果、大戦末期の「ペロハチ」となってしまった。隼を追って急旋回した結果、失速して墜落したともいう。