「墓地電車」から始まった阪急千里線100年の激変 一時「京阪電車」だったことも 続く進化

阪急電鉄の千里線が開業100周年を迎えました。開発の経緯から「墓地電車」とも呼ばれていたこの路線は、その後「万博の会場輸送」「日本初の自動改札機導入」など、他の路線にはない数々の「日本初」を経験しつつ今に至っています。

ニュータウン、万博、そして「自動改札を育てた街」 鉄道史に刻む功績

 昭和30年代前半までの千里線はまだまだ自然も多く、戦前に特急として活躍した“お古”電車が、車内での会話もおぼつかないほどの爆音を立てて走っていたのだとか。その中でも阪急は千里山から新千里山(現・南千里)を経て、箕面線の桜井駅までを結ぶ新線の検討を始めますが、「千里ニュータウン」の計画がもちあがったことで延伸先は変更され、北上して北千里に至る現在のルートに落ち着きました。

 こうして1967(昭和42)年に開業した終点・北千里駅は、自動改札機が日本で初めて本格実用化された駅としても知られ、構内には当時の様子を伝える銘板が設置されています。

 今でこそ珍しくないこのシステムですが、当時、ほかの駅では駅員による手動改札が主役で、改札待ちでなかなか駅に入れないことが社会問題となっていました。試験導入としては近鉄(近畿日本鉄道)が先んじたものの、北千里駅が開業した際はポスターに「我が国ではじめての出改札の自動化駅」の文言が大きく記され、その成否に鉄道業界の注目が集まっていたといいます。

 とはいえ、そのポスターの下に「ご協力ください」との文言がある通り、動作トラブルも多く、中には明らかに手動改札の方が早いような局面も多々あったようです。しかし、最先端の住宅設備に囲まれ、「日本初のニュータウン」でもあった千里ニュータウンの人々からのクレームは不思議と少なかったのだとか。

 開発・導入を担当した立石電機(現・オムロン)と阪急電鉄の二人三脚で長らく試行錯誤が続けられ、その間に「改札通過時間の平均」「運賃計算の判定」など膨大なデータが蓄積され、改善が図られたそうです。

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北千里駅の先に延びる留置線は、万博輸送時にも活用されたという(宮武和多哉撮影)。

 1970(昭和45)年には、千里丘陵で「日本万国博覧会」(大阪万博)が開催され、千里線は北大阪急行線などとともに「万博輸送」を担いました。半年の会期中に6421万人もの入場者を記録した万博に際し、阪急は臨時駅「万国博西口駅」(現在の山田駅近く)を開設します。そこには梅田など関西各地から「エキスポ準急」「エキスポ直通」などがひっきりなしに発着し、およそ900万人が利用したといいます。

【めちゃ変わってる!】高架化工事で“城”が出現している千里線「淡路駅」周辺

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コメント

4件のコメント

  1. 何ですか有名人って

  2. > その中でも阪急は千里山から新千里(現・南千里)を経て、箕面線の桜井駅まで…

    「新千里」ではなく「新千里山」です。

    • ご指摘ありがとうございます。修正しました。

  3. 昭和40年代に当時は黎明期だった日本の自動改札機を育て上げた町、か。

    歴史ロマンですね。

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