青函連絡船はなぜ爆撃されたのか 戦時の鉄道と津軽海峡越え その知られざる“戦い”

青函トンネルができる以前、本州と北海道をつなぐ重要な交通インフラとして「青函連絡船」が利用されてきました。戦時中には戦略物資である石炭を輸送するうえでも重要でしたが、当然、アメリカ軍の標的にもなりました。

「燃えん炭」で何とか動いた「柔いフネ」による大動脈

 太平洋戦争がはじまると、太平洋での軍事輸送にも商船を使用するため、商船を大量に建造できるよう工事の効率化と資材節約がはじまります。こうして「戦時標準船(戦標船)」と呼ばれる船舶が建造されました。

 当時は船舶被害が相次いでおり、戦時標準船は戦争中の2~3年のあいだ保てば良いという考えであったため、設計は極力画一化され、かつ品質・性能も粗悪なものが多くなりました。こうした困難な状況のなか、青函航路の輸送力を増強するために、新しい戦標船が造られることとなったのです。

 海軍艦艇や戦標船の設計を統括する海軍艦政本部は、当初、青函航路に投入する船を、戦時標準船の一種である「D型貨物船」で代替するつもりでした。D型貨物船は従来の連絡船である青函丸型と比べ、1航路あたり約1.3倍の石炭を運べたからです。しかし、これはあくまでも輸送船としての容量のみで比較した場合で、輸送システムとして見た場合は違ってきます。

 青函連絡船は貨車などの鉄道車両を船内へそのまま積める車両航送船です。鉄道に直結した専用桟橋こそ必要ですが、車両航送船の場合、停泊時間は最低1時間半で済みましたが、貨物船の場合は17時間半もかかりました。これを年間輸送量に換算すると、D型貨物船14万1000トンに対し、車両航送船なら43万5000トンが運べたのです。かくして、「第四青函丸」をもとに、青函航路専用として新たに「W型戦時標準船」が造られることになりました(WはWagon=貨車の略)。

 W型戦時標準船である第五青函丸型は、全長113m、全幅15.85m、2792総トンの船体に標準的なワム型有蓋貨車を44両(貨物660トン)積めました。

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第八青函丸の側面図。青函連絡船には海軍の警戒隊員が乗り、第八青函丸は13mm連装機銃1基、25mm単装機銃1基と爆雷を運用していた(樋口隆晴作画)。

 この船は一方で、当時の戦時標準船の基準だった鋼材の薄板化や二重底の廃止、2年保てばよいとされたタービンなど、連絡船として重要な定時運行に支障が出かねない仕様のうえに、安全性にも問題がありました。

 第五青函丸型は、この頃の国鉄船舶職員がいう「柔(やわ)いフネ」で、当時いちじるしく質が低下していた「無煙炭」をもじった通称「燃えん炭」で航行する、頼りない船でした。戦争末期の1945(昭和20)年2月には、当時、就役したばかりであった「第九青函丸」の座礁沈没事故が起こりましたが、「柔いフネ」ではない、本来の青函連絡船なら沈まなかっただろうといわれています。

【貴重】“戦時標準型”の青函連絡船(写真) 航送設備がオープンだった

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