【懐かしの私鉄写真】小田急電鉄向ヶ丘遊園モノレール線 開業から廃止まで

かつて小田急電鉄にはモノレールがありました。それが向ケ丘遊園駅と向ケ丘遊園正門駅を結んでいた向ヶ丘遊園モノレール線です。開業から35年ほどで廃止となった路線ですが、今回は開業初日から廃止までの同線の写真をご覧いただきます。

この記事の目次

・豆電車の代わりに登場した未来的な乗りもの
・500形の台車を撮影する機会も
・廃止後には見学会

【画像枚数】全29枚

豆電車の代わりに登場した未来的な乗りもの

 1966(昭和41)年4月23日、小田急電鉄に向ヶ丘遊園モノレール線が開業しました。区間は向ヶ丘遊園(向ヶ丘遊園駅前)~向ヶ丘遊園正門間1.1km、跨座式モノレールとしては名鉄のモンキーパークモノレール、東京モノレールに次いで3番目ですが、この2社がゴムタイヤで走行するアルウェーグ式なのに対し、鉄レールの上を鉄車輪で走行するロッキード式が採用されました。

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開業初日の向ヶ丘遊園(駅前)乗り場、撮影したのは昼頃で、一般の乗客より会社関係者の姿が目立つ。テントや椅子が片付けられているから、午前中に開業式典が行われたのだろう(1966年4月23日、楠居利彦撮影)。

 向ヶ丘遊園(小田原線の向ヶ丘遊園駅と区別するため、以下、遊園地とする)へのアクセスとしては、従来からバッテリー式機関車による豆電車が運転されていました。

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駅舎は簡素な造りで、切符の発売や改札は機械化されていない。鉄道の初乗りが20円だったので、1.1kmで100円はかなり割高に感じられた。列車の運転は午前9時30分から17時30分まで、17時台を除いて10分ごとになっているが、その下に「ただ今20分間隔で運転中」の札が見えるから、半数は不定期列車のようだ(1966年4月23日、楠居利彦撮影)。

 ところが、並行する県道の交通量増加によって計画されたバイパスが線路を横切ることになり、平面交差を避けるために豆電車は廃止、その代わりに未来的な乗りものとして注目度の高いモノレールの採用となったものです。

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着飾った親子連れは招待客だろうか。当日は土曜日でまだ学校は休みではなかったから、小中学生の姿は見られない(1966年4月23日、楠居利彦撮影)。

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Writer: 楠居利彦(鉄道ライター)

1946年、東京生まれ。中央線の沿線で育ったので、鉄道は複線で電化され、長編成の電車が頻繁に走るものと認識している。鉄道誌の創刊に関わり、車両データ本の編集を担当した。趣味は鉄道模型製作。

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