戦艦「日向」竣工-1918.4.30 後に世界唯一の「航空戦艦」へ 転換点は主砲爆発事故か

旧日本海軍の戦艦「日向」が1918年の今日、竣工しました。同艦は太平洋戦争中に、艦載機も運用できるよう後部に飛行甲板を設置しましたが、その実力を存分に発揮することなく終わりました。

一見強そうでも抱えた多くの問題

 当初は空母として全面的に姿を変える計画もあったものの、時間的な都合から船体後部のみの改装にとどめられます。こうして「日向」は第5、第6砲塔および後部の14cm副砲を撤去して飛行甲板とカタパルトを設置。1943(昭和18)年11月に装いを新たにしました。なお、艦載機の運用は、艦上爆撃機と水上偵察機を想定していました。

 しかし実際は、主砲の射撃時は飛行甲板が使えない、格納庫が主砲の旋回角度を限定してしまう、飛行甲板により艦の重心が上に偏る(トップヘビー)など、数多くの不具合を抱えました。加えて敗色が濃くなるなか、物資や燃料、搭乗員の不足から艦載機を満足に搭載できず、「戦艦+空母」とはいえ想定された運用を十分にできなかったとされています。

 1944(昭和19)年10月、「日向」はフィリピン周辺の海域で繰り広げられたレイテ沖海戦に参加。しかし、広い面積を有する飛行甲板を用いて物資運搬に従事するくらいで、大きな戦果を挙げることはありませんでした。大型艦ゆえに格好の標的になったものの、沈むことなく日本へ帰還します。

 1945(昭和20)年に入ると燃料が欠乏し、「日向」は広島県の呉軍港に留め置かれることが多くなりました。船体後部に広がる飛行甲板には対空兵装が増設され、専ら砲台のようでした。

 終戦直前の1945(昭和20)年7月末、「日向」は「伊勢」とともに呉軍港でアメリカ軍の空襲を受け大破着底。2隻は終戦後に浮揚、解体されました。

 ちなみに、「航空戦艦」という考え方は、アメリカやイギリスにもあったものの、実際に建造したのは日本のみでした。

【了】

【写真】「日向」の最期 呉軍港にて

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