「米軍用国鉄」芦屋線が廃止された日 旅客営業わずか11年 -1961.6.1

61年前の6月1日、福岡県芦屋町へ伸びていた国鉄芦屋線が廃止されました。

特異な歴史を持った九州ローカル線

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JR九州で現在観光用に走る客車列車(画像:写真AC)。

 今から61年前の1961(昭和36)年の6月1日。鹿児島本線の遠賀川駅から北へ6.2km伸びていた鉄道路線、国鉄芦屋線が廃止されました。

 その昔、九州には無数の国鉄路線が伸びていましたが、その多くは石炭などの採掘場とともに整備され、鉱物の輸送や鉱山周辺に生まれた街の交通需要を賄うものでした。しかしこの芦屋線は、また違った特異な性質を持った路線でした。

 芦屋線は1947(昭和22)年に開業。芦屋町の旧陸軍飛行場をアメリカ軍が空軍基地として活用するのに伴い、戦前に走っていた「芦屋鉄道」を復活させる形で輸送路線としたものです。旅客営業が開始したのは1950(昭和25)年のことでした。

 一般人用の駅は筑前芦屋駅のみで、そこからさらに西へ回り込み、基地内に専用の乗降場が設けられていました。

 折しも朝鮮戦争が勃発した時期で、朝鮮半島への前線でもある芦屋基地はフル活用状態。戦闘機を横に2つ繋げた特異な形状の「ツインマスタング」ことF-82戦闘機も、一時期この芦屋基地を離発着していました。

 朝鮮戦争後は救難隊が在籍していた芦屋基地も、米空軍の編成方針で1960(昭和35)年に閉鎖。敷地は日本へ返還されることとなりました。すでにバス路線も普及しており、役目を終えた芦屋線はそのまま廃止されたのです。一般乗客を乗せていたのはわずか11年間でした。芦屋基地は現在、航空自衛隊の基地となっています。

【了】

【短命の「国鉄芦屋線」ルートと当時の写真】

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