デカい大砲は鉄道で! 日本軍も作った「列車砲」の使いみち 東京から牛久大仏狙える!?

自動車や馬で牽引・運搬する大砲よりもはるかに巨大かつ大威力な列車砲。よく知られるのは陸続きのドイツやフランス、ロシアのものですが、我が国にもありました。日本のものはどこで造ったのか、そして実戦投入はあったのか見てみます。

「大和」を超える射程の列車砲!

 24cm列車砲は砲身の長さ約13m、重量136t、最大射程は50kmありました。比較として戦艦「大和」の主砲を挙げると、口径46cm、長さ21m、重量147t、最大射程は42kmです。つまり24cm列車砲は「大和」より射程の長い大砲だったのです。

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1927(昭和7)年頃に撮影された九〇式二十四糎列車加農(時実雅信所蔵)。

 この24cm列車砲は千葉県の旧陸軍富津射場でテストされ、沿岸要塞に用いる備砲として留め置かれていました。幕末や日露戦争時と同じく、日本は沿岸防備のために巨砲を配備したということです。日本は島国なので、現代の対艦ミサイル基地の役割を、当時は沿岸要塞が担っていたといえるでしょう。

 首都防衛のため、東京湾を挟んだ千葉県と神奈川県の両岸に多数の要塞がありました。なかでも横須賀の久里浜、三浦半島の城ヶ島、南房総の大房崎、そして館山市の洲崎などにあった各要塞は、第1次世界大戦後の軍縮条約で廃艦になった戦艦の砲塔を転用していました。

 また富津から横須賀にかけての海上には、人工の要塞島が4つ(第1~第4海堡)あり、24cm列車砲のある富津砲台や神奈川県側の砲台と合わせて東京湾の入口を守っていました。

 24cm列車砲が採用されたのと同じ年、すなわち1931(昭和6)年に中国において満洲事変が勃発します。

 満州事変によって中国東北部を満洲国として独立させ、支配下に置いた日本は、旧ソ連と国境線で対峙することになります。その備えとして沿海州を走るシベリア鉄道を射程に収めた虎頭要塞の建設を1934(昭和9)年に始め、5年後の1939(昭和14)年に完成させました。

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