自衛隊の鉄道部隊「第101建設隊」が6年で終わったワケ “国鉄は信用ならん” 短命も大活躍

自衛隊にはかつて鉄道部隊がありました。陸上自衛隊が千葉に有していた「第101建設隊」ですが、わずか6年で消えてしまいます。どんな実態で、なぜ短命に終わったのでしょうか。

「第101建設隊」の活動内容と在籍車両は?

 第101建設隊の隊員数は約120名で、「運行隊」「保線隊」の2部隊編成でした。「運行隊」は当時まだ貨物列車の主流だった蒸気機関車の運転・整備を行い、「罐(かま)」内部に石炭を均等かつ素早く放り込む訓練のため、「模型火室」も用意されていました。

「保線隊」は線路の敷設と保守・復旧を担い、橋梁の架設も守備範囲でした。機械力が望めないことを念頭に、レール敷設や杭打用の特殊道具「築頭手」を使った作業など、とにかく「人力」がメインでした。

 装備車両はいずれも「レアもの」でしたが、国鉄のおさがりだった9600形蒸気機関車1両を主力にしていました。蒸気機関車へのこだわりは「いざという時とにかく動ける」こと。電気機関車だと、有事や災害の時に架線が断線すれば動きません。ディーゼル機関車はその点融通が利きそうですが、先の太平洋戦争で日本は石油の確保に散々苦しめられ、その思い出もまだ生々しく残る時代だったので論外だったのでしょう。

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戦時中に習志野や船橋方面へ展開していた旧陸軍の鉄道連隊(画像:船橋市)。

 この頃まだ石炭が燃料として全盛の時代。国内一次エネルギー供給量全体の約46%が国内炭で自給できており(1957年度、資源エネルギー庁。カロリー計算)、もし日本列島が海上封鎖されても「国産の石炭で貨物列車を走らせられる」と考えたのかも知れません。加えて当時国鉄では手間のかかる蒸気機関車から、維持・管理が楽でパワフルな電気機関車やディーゼル機関車への転換が急速に進む時期でもあり、余剰の蒸気機関車が多数存在したという背景もあったようです。

 さて、当隊は「Bタンク」と呼ばれる“豆機関車”も1両装備しており、これもかつて三菱重工業茨城機器製作所(茨城県古河市)が使っていた「車輪配置0-4-0」形蒸気機関車を譲り受けたもの。これは4軸のうち「真ん中の2軸」が動輪という珍しいものでした。

 これら車両を用いて隊員は、京成本線沿いにある旧軍の廃線跡に部隊自らが敷設した線路や、津田沼駅の構内を使って運転訓練に励んだのです。もちろん旧国鉄職員も先生として協力しました。

【「第101建設隊」の演習線ルートと在籍車両たち】

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コメント

3件のコメント

  1. 「戦場にかける橋」の流れを汲む部隊が自衛隊となってまでも在ったとは・・・。

  2. 未だにど阿呆な奴が「北海道の鉄道は有事の際に必要」とほざいている😁

  3. 軸配置について「0-4-0 (先輪無し・動輪4個つまり2軸・従輪無し)」「4軸」と、2つの矛盾したデータが示されています。

    どちらが正しいのでしょうか?

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