バルチック艦隊を見張り続けた日本船って? 大戦果もたらした情報戦と「無線のリレー」

海戦史上まれな「パーフェクト・ゲーム」となり、日露戦争の勝利を決定づけた日本海海戦。その勝利の背景には、当時の新兵器、三六式無線電信機と精緻に組み立てられた情報システムの存在がありました。

日露戦争の前年に「国産化」

 そもそも、無線電信が実用化されたのは、19世紀末のヨーロッパでのこと。1896(明治29)年にイギリス人を母に持つイタリア人のグリエル・マルコーニが、電磁波(電波)をアンテナから飛ばし、それを別のアンテナで受けるという実験に成功し、イギリスで特許を取ったのが始まりでした(翌年にマルコーニは無線電信機の会社を設立)。

 当時は、まだ真空管が登場する前だったため、開発されたばかりの無線電信機は、大電流のスパークで電磁波を発生させる「非同調式普通火花(瞬間火花放電式)」送信機と、金属粉末の電導特性を利用したコヒーラ検波器からなる受信機で構成されるという、大掛かりなものでした。加えて1分間に送信できる文字数は25文字まで、しかも2つの無線局が同時発信すると混信するというシロモノでした。

 そういった不便さはあったものの、通信にケーブル(伝送路)が必要ないことは大きな利点でした。その利点をもっとも活かせるのが移動体どうしでの情報のやりとりです。そして無線電信にいち早く興味を示したのが、各国の運輸通信関係の省庁と海軍でした。この装置があることで地上とフネ、もしくはフネ同士においても、通信手段に柔軟性が生まれ、情報のやり取りが飛躍的に迅速かつ広範囲に実施できるようになったのです。

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中国航路時代の「信濃丸」(当時の絵葉書より)。

 この頃、イギリスに戦艦を発注していた日本海軍は、無線機に関して同じイギリスのメーカーであるマルコーニ社のものを購入・搭載しようとしましたが、特許使用料が高価で購入を諦めています。

 そこで日本海軍は外波内蔵吉(となみ くらきち)少佐に調査研究を命じ、さらに逓信省電気試験所主任の松代松之助、仙台第二高等学校の木村駿吉を海軍に転籍させ無線機の開発を命じました。

 関係者の努力の結果、国産初の無線電信機は完成。日本海軍は1900(明治33)年に「三四式無線電信機」として制式化します。しかし、この無線機は性能が低く、また安定性が悪かったことから、より高性能な無線電信機の開発が必要となりました。

 その結果、日本海軍が満足しうる性能を持つ無線電信機として1903(明治36)年に誕生したのが、日露戦争の前年に制式化された三六式無線電信機です。開発に際しては外波少佐をイギリスに派遣するなどし、電波の到達距離はカタログ値で約1000km。また生産性も良好でした。こうして生まれた三六式無線電信機は急ピッチで製造され、各艦艇に搭載されていきました(ただ最後まで三四式無線機を搭載した艦も存在)。

【大砲を積んで仮装巡洋艦に姿変えた「信濃丸」の外観ほか】

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コメント

2件のコメント

  1. 西暦と元号の標記に矛盾がある箇所があります。

    • 「標記」→「表記」

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