戦歴らしい戦歴なし、なぜ? 最後の空母「葛城」が竣工した日-1944.10.15

旧日本海軍の空母「葛城」が1944年の今日、竣工しました。しかし、戦歴らしい戦歴はなし。ミッドウェー海戦で主力空母を多数失った日本は中型空母の建造を急ぎ、そのなかで生まれた1隻が「葛城」でした。

終戦時、健在だったとはいえ…

 1944(昭和19)年の10月15日は、旧日本海軍の航空母艦「葛城」が竣工した日です。場所は広島県の呉。艤装工事も含め完成した旧海軍の空母としては、この「葛城」が最後です。

Large 20221015 01
旧日本海軍の航空母艦「葛城」。1945年10月撮影(画像:アメリカ海軍)。

「葛城」は10隻あまりの建造が計画された雲龍型空母の3番艦。1942(昭和17)年6月のミッドウェー海戦で主力空母を4隻失った日本は、中型空母の建造を急いでいました。しかし戦局の悪化などから、雲龍型は「葛城」が最後の艦となります。

 晴れて竣工までこぎつけた「葛城」でしたが、前出の通り、当時すでに戦局は悪化の一途を辿っており、そもそも搭載する艦載機や燃料も十分にありませんでした。そのため「葛城」は空母としての任務に就けないまま、呉で待機を続けます。

 そのようななか1945(昭和20)年3月、空母から発進したアメリカ軍の艦載機が呉に襲来、停泊していた「葛城」も標的になります。被弾した「葛城」は呉の南にある三ツ子島へ疎開。艦を島に偽装して留め置かれます。

 その後7月末にも空襲を受けますが、同じように出撃できず軍港に停泊していた戦艦などが撃沈されるなか、「葛城」の損害は比較的軽微でした。そのため、8月に終戦を迎えると、以降は復員兵の輸送船として活用されました。格納庫や飛行甲板を持つ空母は、多くの人員を収容するのにうってつけだったのです。

 航空戦力を増強する目的で建造されたのにもかかわらず、「葛城」には最後まで、艦載機を搭載し外洋へ進出する機会は訪れませんでした。

【了】

【写真】呉で空襲を受け損傷した「葛城」

最新記事

コメント

1件のコメント

  1. この船は、戦時中は瀬戸内海を逃げ回るだけで、一度も外洋に出ることがなかったのに、戦後復員戦として、マリアナ諸島、ソロモン諸島、東南アジア、ベンガル湾、などの太平洋全域を駆け回り、多くの復員兵や、帰還邦人の日本への復員に大活躍した皮肉な航歴を持つという艦でした。戦争ではほとんど活躍できなかった空母でしたが、戦後平和復興のために大いに役立ったとは、皮肉な運命をたどった船でしたね。でも、太平洋の底に沈んだ大多数の艦船に比べれば、ある意味では幸運な船だったとともいえるのではないのでしょうか?

記事ランキング

  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. “まるで高速”な無料バイパス「全線4車線化」へ変貌開始! 一部の上下線分離まもなく 対面通行を解消 国道8号
  3. 飛行中の「日の丸特別機」に粋なサプライズ! 天皇皇后両陛下を“最新ステルス戦闘機”がお出迎え
  4. 「危なすぎる!」阪神高速“中の人”がブチギレ!? “衝撃動画”とともに呼びかける「ドライバーが守るべき3つのこと」とは
  5. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  1. 家族が「SSSS航空券」を引き当ててしまった…! 乗る前から“異変” 保安検査員も「Oh…」 誰でも起こり得る“緊迫の一部始終”
  2. あと1年足らずで「現金でバス乗れなくなります」 全路線“完全キャッシュレス化”疑問に応えるサイト開設 京王バス
  3. ETCの手前で「ガシャン!」高速入口に吊るされた「黄色い鎖」の正体は? 傷つく覚悟で“あえてぶつける”超アナログな理由
  4. ロシア軍の爆撃機が「真っ逆さまに墜落」 地上に激突する瞬間を捉えた映像が公開 “巨大な黒煙”が立ち上る
  5. 「“再有料化”でいいから4車線化して」→普通車280円になって1年 利用者負担で勝ち取った“効果”あきらかに 八木山バイパス