戦艦「武蔵」の乗組員が経験した“二度目の沈没” 沈められた徴用船「さんとす丸」 生存者のその後

日米開戦に向けて徴用された多くの民間商船。その中の1隻「さんとす丸」は、レイテ沖海戦で沈んだ戦艦「武蔵」の生存者を本土に輸送するはずでした。でも結局、同船も沈みます。二度も海に投げ出された「武蔵」乗員の道程を振り返ります。

「武蔵」と「さんとす丸」

 太平洋戦争後半の1944(昭和19)年10月、「さんとす丸」はフィリピン行きの輸送船団の1隻として台湾の高雄を出港、11月21日にマニラへ入港します。

 フィリピンでは約1か月前にアメリカ軍が南部のレイテ島に上陸しており、日米が死闘を繰り広げていました。これに対処すべく連合艦隊は捷一号作戦を発動し、10月23日から26日にかけてレイテ沖海戦が起こりました。

 10月24日のシブヤン海海戦では戦艦「武蔵」が沈没、乗員2399名中1023名が戦死しました。駆逐艦「清霜」と「濱風」に救助された生存者1376名は、マニラの海軍病院に移送した負傷者を除きコレヒドール島に一時収容されます。

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南米航路で多くのブラジル移民を輸送した初代「さんとす丸」(画像:パブリックドメイン)。

「武蔵」の生存者については、沈没の事実が広まらないよう口封じのため、フィリピンで地上戦闘に投入されたという話があります。しかしこれは意図的な偽情報のようです。そのままルソン島に留め置かれたのは半数の697名で、それ以外は新たな任務のため日本本土へ帰国命令が出されました。

「武蔵」の残留組は、機銃員や機械整備を行う工作科として乗り組んでいた将兵たちでした。彼らは、アメリカ軍がルソン島に上陸したときには戦闘員として戦うために残されたのです。ただ、彼らはアメリカ軍に突撃させられたわけではなく、遊撃戦(ゲリラ戦)を行いました。そして、戦闘よりも食料の欠乏による餓死で多くが亡くなり、その生存者は終戦時56名だったと記録されています。

 一方、内地帰還組は航海科、機関科、主計科、医務科など、軍艦を運用する将兵たちでした。彼らはアメリカの艦載機による空襲が続くマニラから、いくつかの船便に分かれて発っています。

 その中で最も多くの生存者を乗せたのが「さんとす丸」でした。

【撃沈直前の最後の姿】沈没直前の戦艦「武蔵」の画像ほか

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コメント

1件のコメント

  1. 武蔵生き残り残留組の一部はフォートドラムに立てこもり通風筒から5000ガロンのガソリン混合燃料を米軍に流し込まれてこんがり焼かれてしまったのであまり幸せではなかったでしょうね…

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